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第52話:竜虎相搏

 夜のダパーラ。

 紛争地に関わらず、この首都サリッサだけは都会的な雰囲気である。

 颯達がいた村とは雲泥の差、この国に格差があることは明白であった。


「おじさんに何のようだい」

「白尾寛人さん、あんたには償ってもらう」


 薄暗い照明が灯されるだけの路地裏。

 颯は迷彩服の男と対峙していた。男の名は白尾寛人。

 刈り上げられた髪に蛇のような目、一目でわかる強さが見えた。


「償うって?」


 白尾の職業は傭兵、元BU-ROADバトルの選手――。


「人を殺したことだ」


 この男が不屈を殺したのだ。


「何人もってきたからわからないなァ」

「とぼけるな、日本人の俺が現れた意味を考えろ」

「ふふっ……思い出したよ。この間『BU-ROADを殺しの道具に使うな』とかいう説教くさいオヤジが来たよ。こっちは日本では味わえないような殺しゲームをしていたのに――」


 白尾は腰から素早く拳銃を抜いた。


「だから、ムカついて殺した」

「銃を使うのか」

「あのオヤジも同じことを言ったね。でもね、戦いは勝ってナンボだろ?」

「反吐が出る」

「それも同じ返答だ。ボウヤはあのオヤジの子供かな」

「……ああ」


 颯は構えた。

 不屈伝、水流れの構えだ。


「ボウヤ、仇討ちは時代遅れだ。命だけは助けてやるから帰りな、素手でおじさんの銃に勝てるわけがない」

「そうはいかない。あんたには死ぬよりも辛い目にあってもらう」

「はァ?」

「うまい料理が食えない体になるのさ」

「ジョークは嫌いだよ」


 パンッ!


 乾いた音がした。

 それは白尾は引き金を引く意味を現す。


「ガハッ!」


 が、同時に白尾は闇に沈む。


☆★☆


 試合場、闘神坊は真っすぐと進みます。

 虎口の構えで悠々と、堂々と。


「私を倒す……か」

「俺の技も、機能ギミックも、羽衣の體も通じないとなると――この切り札で仕留める」


 対する烈風猛竜ルドラプター

 シュハリは水流れの構えを崩さないまま。


「その奇妙な構えで何を仕掛ける」

「黒澤さん、思い出さないかい?」


 シュハリの言葉に黒澤選手はハッとします。


「なるほど、その構え……」

「ああ、形は少し違うけど、ルミがあんたとの試合で使っていた構えのはずだ」

「後の先を取る護りの流法、持久戦に持ち込もうとでも? 無駄だ、あの時より私は進化している」

「彼女は未完成のものを使っていたんだよ」

「未完成?」

「彼女は父親に中途半端な形で技を伝えられたのさ。本来、この構えは虎口の構えと同じく攻めの構えだ」

「攻め……」


 黒澤選手がいぶかしむと、シュハリは言います。


「疑い深い。だから、突きや蹴りが遅くなってきている」

「遅いだと?」

「話は聞いているよ。あんたが岡本毘沙門伝説の空手家の弟子ってことも、ルミと結婚して藤宮流の名と技を受け継ぐってことも」


 シュハリは静かに続けます。


「あんたの根っこは毘沙門館空手だろ? 毘沙門館の強さを証明することで、岡本毘沙門の伝説は本物であると証明したかったんじゃないのか」

「私はより高みへと達し『最強』となる」


 闘神坊は飛び掛かります。


「それが確固たる信念ッ!」


――打!


 闘神坊は放ちます。

 反射神経を凌駕する突きを――。

 その突きはただの正拳突きではありません。

 何千本、何万本も行うことで必殺の一撃と昇華させた技。


「なッ!?」


 が、その磨きに磨いた突きは当たりませんでした。


「ハアッ!」


 鎚矛つちほこのような裏拳あご打ちも。


「せいやァ!」


 妖刀のような上段蹴りも。


『あ、当たらないッ!』


 闘神坊の攻撃を全て受け流しました。

 まるで清流のような水の流れ、柔よく剛を制すの体現。


「バカな……何故だ……」


 驚きを隠せない黒澤選手に、


「反射神経を凌駕する打突――その実『迷いが生じれば、読みやすいほど読みやすい』攻撃だ」


 シュハリは指摘します。


「その虎口の構えで闘う限り、あんたは俺に勝てない」

「勝てぬだと?」

「自分の毘沙門館空手を信じていないんだ。藤宮流を使えば使うほど、あんたは自分を疑い始めている」


 闘神坊は虎口の構えで間を詰めます。


「偽りの言葉で惑わすか」

「黒澤さん。あんた、試合が長引くほど弱くなっているよ」

「口を慎め」


 緊張した一瞬。

 まず仕掛けたのは黒澤選手。


「藤宮流鬼砕おにくだき!」


 地面を揺らすほどに踏み込んだ双拳。

 上段突きと中段下突きを同時に繰り出す、諸手突きと呼ばれるものです。


「藤宮不屈流――波返し!」


 対するシュハリ。

 こちらも諸手突き、ただし両手は掌打です。


――オオオオオオオオオオッ!


 激突する両機、興奮する観客達、轟く試合場。

 そこに私が声の色を添えます。


竜虎相搏りゅうこそうはく! 勝負の行方はどうなるか!?』


 エンジンは焦がされ、金属が打ち鳴らされ、両者の想いと想いはぶつかり――。


☆★☆


「そこまで」


 山村の声が響く、ここは空破闘機場の空き部屋。

 ルミと暦は共に紺色の道着袴姿。

 母子はここで試合い、決着をつけたばかりである。


「クオリティタイム、満足して頂けましたかね」


 山村の言葉にルミは言った。


「一応」


 激しい闘いだった。

 母子共に体のあちこち傷やアザがあった。


「その技は?」


 暦は床に倒れていた。

 ルミは上になり、暦の後頭部を左手で支えている状況。

 相手を気遣う余裕がルミにあった。


「波返し」


 倒した技は『波返し』と言った。

 顔面と胸部に掌打を突き入れ崩し、次に相手の足に自分の足を絡め倒す。

 最後は全体重を乗せて、敵の頭と体を地面に叩きつける必殺必倒の捨身技。

 外せば失敗するため、攻めの心構えでいかねばならない。


「不屈の技ですか」

「知ってるの?」


 暦の言葉にルミは驚いた。

 何故、母親がこの技を知っているのかわからなかった。

 この波返しは、不屈がダパーラに旅立つ日に伝えた口伝技。

 長年の家出生活道場荒らしで、やっと完成させたものだ。


「若き日に勝負を挑まれましてね。似たような技を使ってきました」

「その時はどっちが勝ったんだい」

「もちろん、私です」

「それでオヤジは弟子入りしたのか」

「私を倒すためだ――と言ってね。おかしな男でした」


 暦は涙を流した。


「異国の地で死んで……本当にバカな男です」


 ルミは涙する母を見つめる。


「誇ろうよ、藤宮不屈は人のために生きたんだ」


☆★☆


 紫雲電機の特別室。

 蓮也と小夜子の二人はモニターを見ていた。


「終わったな」

「ええ……」


 画面にはこう表記されていた。


○ 黄龍祭 決勝戦


契約ファイター:シュハリ(本名・神谷颯) スタイル:藤宮不屈流

BU-ROADネーム:烈風猛竜ルドラプター スポンサー企業:紫雲電機


VS


契約ファイター:黒澤大吾 スタイル:毘沙門館空手

BU-ROADネーム:闘神坊 スポンサー企業:アスマエレクトニック


勝者:『シュハリ』

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