夜のダパーラ。
紛争地に関わらず、この首都サリッサだけは都会的な雰囲気である。
颯達がいた村とは雲泥の差、この国に格差があることは明白であった。
「おじさんに何のようだい」
「白尾寛人さん、あんたには償ってもらう」
薄暗い照明が灯されるだけの路地裏。
颯は迷彩服の男と対峙していた。男の名は白尾寛人。
刈り上げられた髪に蛇のような目、一目でわかる強さが見えた。
「償うって?」
白尾の職業は傭兵、元BU-ROADバトルの選手――。
「人を殺したことだ」
この男が不屈を殺したのだ。
「何人も
「とぼけるな、日本人の俺が現れた意味を考えろ」
「ふふっ……思い出したよ。この間『BU-ROADを殺しの道具に使うな』とかいう説教くさいオヤジが来たよ。こっちは日本では味わえないような
白尾は腰から素早く拳銃を抜いた。
「だから、ムカついて殺した」
「銃を使うのか」
「あのオヤジも同じことを言ったね。でもね、戦いは勝ってナンボだろ?」
「反吐が出る」
「それも同じ返答だ。ボウヤはあのオヤジの子供かな」
「……ああ」
颯は構えた。
不屈伝、水流れの構えだ。
「ボウヤ、仇討ちは時代遅れだ。命だけは助けてやるから帰りな、素手でおじさんの銃に勝てるわけがない」
「そうはいかない。あんたには死ぬよりも辛い目にあってもらう」
「はァ?」
「うまい料理が食えない体になるのさ」
「ジョークは嫌いだよ」
パンッ!
乾いた音がした。
それは白尾は引き金を引く意味を現す。
「ガハッ!」
が、同時に白尾は闇に沈む。
☆★☆
試合場、闘神坊は真っすぐと進みます。
虎口の構えで悠々と、堂々と。
「私を倒す……か」
「俺の技も、
対する
シュハリは水流れの構えを崩さないまま。
「その奇妙な構えで何を仕掛ける」
「黒澤さん、思い出さないかい?」
シュハリの言葉に黒澤選手はハッとします。
「なるほど、その構え……」
「ああ、形は少し違うけど、ルミがあんたとの試合で使っていた構えのはずだ」
「後の先を取る護りの流法、持久戦に持ち込もうとでも? 無駄だ、あの時より私は進化している」
「彼女は未完成のものを使っていたんだよ」
「未完成?」
「彼女は父親に中途半端な形で技を伝えられたのさ。本来、この構えは虎口の構えと同じく攻めの構えだ」
「攻め……」
黒澤選手が
「疑い深い。だから、突きや蹴りが遅くなってきている」
「遅いだと?」
「話は聞いているよ。あんたが
シュハリは静かに続けます。
「あんたの根っこは毘沙門館空手だろ? 毘沙門館の強さを証明することで、岡本毘沙門の伝説は本物であると証明したかったんじゃないのか」
「私はより高みへと達し『最強』となる」
闘神坊は飛び掛かります。
「それが確固たる信念ッ!」
――打!
闘神坊は放ちます。
反射神経を凌駕する突きを――。
その突きはただの正拳突きではありません。
何千本、何万本も行うことで必殺の一撃と昇華させた技。
「なッ!?」
が、その磨きに磨いた突きは当たりませんでした。
「ハアッ!」
「せいやァ!」
妖刀のような上段蹴りも。
『あ、当たらないッ!』
闘神坊の攻撃を全て受け流しました。
まるで清流のような水の流れ、柔よく剛を制すの体現。
「バカな……何故だ……」
驚きを隠せない黒澤選手に、
「反射神経を凌駕する打突――その実『迷いが生じれば、読みやすいほど読みやすい』攻撃だ」
シュハリは指摘します。
「その虎口の構えで闘う限り、あんたは俺に勝てない」
「勝てぬだと?」
「自分の毘沙門館空手を信じていないんだ。藤宮流を使えば使うほど、あんたは自分を疑い始めている」
闘神坊は虎口の構えで間を詰めます。
「偽りの言葉で惑わすか」
「黒澤さん。あんた、試合が長引くほど弱くなっているよ」
「口を慎め」
緊張した一瞬。
まず仕掛けたのは黒澤選手。
「藤宮流
地面を揺らすほどに踏み込んだ双拳。
上段突きと中段下突きを同時に繰り出す、諸手突きと呼ばれるものです。
「藤宮不屈流――波返し!」
対するシュハリ。
こちらも諸手突き、ただし両手は掌打です。
――オオオオオオオオオオッ!
激突する両機、興奮する観客達、轟く試合場。
そこに私が声の色を添えます。
『
エンジンは焦がされ、金属が打ち鳴らされ、両者の想いと想いはぶつかり――。
☆★☆
「そこまで」
山村の声が響く、ここは空破闘機場の空き部屋。
ルミと暦は共に紺色の道着袴姿。
母子はここで試合い、決着をつけたばかりである。
「クオリティタイム、満足して頂けましたかね」
山村の言葉にルミは言った。
「一応」
激しい闘いだった。
母子共に体のあちこち傷やアザがあった。
「その技は?」
暦は床に倒れていた。
ルミは上になり、暦の後頭部を左手で支えている状況。
相手を気遣う余裕がルミにあった。
「波返し」
倒した技は『波返し』と言った。
顔面と胸部に掌打を突き入れ崩し、次に相手の足に自分の足を絡め倒す。
最後は全体重を乗せて、敵の頭と体を地面に叩きつける必殺必倒の捨身技。
外せば失敗するため、攻めの心構えでいかねばならない。
「不屈の技ですか」
「知ってるの?」
暦の言葉にルミは驚いた。
何故、母親がこの技を知っているのかわからなかった。
この波返しは、不屈がダパーラに旅立つ日に伝えた口伝技。
長年の
「若き日に勝負を挑まれましてね。似たような技を使ってきました」
「その時はどっちが勝ったんだい」
「もちろん、私です」
「それでオヤジは弟子入りしたのか」
「私を倒すためだ――と言ってね。おかしな男でした」
暦は涙を流した。
「異国の地で死んで……本当にバカな男です」
ルミは涙する母を見つめる。
「誇ろうよ、藤宮不屈は人のために生きたんだ」
☆★☆
紫雲電機の特別室。
蓮也と小夜子の二人はモニターを見ていた。
「終わったな」
「ええ……」
画面にはこう表記されていた。
○ 黄龍祭 決勝戦
契約ファイター:シュハリ(本名・神谷颯) スタイル:藤宮不屈流
BU-ROADネーム:
VS
契約ファイター:黒澤大吾 スタイル:毘沙門館空手
BU-ROADネーム:闘神坊 スポンサー企業:アスマエレクトニック
勝者:『シュハリ』