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第50話:明王

「蜘蛛糸の構えか」


 だらりと腕を下げた烈風猛竜ルドラプター

 一方の闘神坊、虎口の構えと呼ばれる攻撃姿勢を崩しません。


「どのような技、策を用いようと――」


 静対動。

 二機のマシンは対照的でした。


「打ち倒すのみ」


 まず飛び込んだのは闘神坊。


風圧掌エアロブレイク!」


 それに合わせ烈風猛竜ルドラプターは空気弾を撃ち込みますが、


「小技など」


 廻し受けにより弾き、


「破ッ!」


 はやい蹴りを打ち込みました。


『上段蹴りヒット!』


 頭部に僅かにひびが入りましたが、ヘッドスリップさせクリーンヒットは免れています。

 そして、烈風猛竜ルドラプターは蹴られた力を利用し体を回転。


「藤宮流――荒獅子!」


 バックブローを放ち。


「藤宮流――かささぎ!」


 続いて、360度回転蹴りを頭部に叩き込みます。


『トルネード殺法! 回転力が生んだ二連撃ッ!』


 が――。


「それだけか」


 盤石。

 闘神坊は倒れません。


「バケモノかよ」


 シュハリは体を小さく震わせていました。

 一方の黒澤選手は無表情、鉄仮面。

 絶対王者はこう言います。


「小賢しい技や機能ギミックに頼り過ぎだ」


 だと。


「所詮、お前の強さは全て借り物」


 だと。


(怖い……)


 黒澤選手は、大吾さんの表情は明王のようでした。

 あの時と同じように――。


☆★☆


 毘沙門館空手。

 私の祖父、岡本毘沙門が創始した空手団体です。

 しかし、現在いまは存在しません。


 かつて国内外に多くの道場があったそうですが、相次ぐ弟子の独立や離反、裏切りにより毘沙門館は分裂。

 そんな状況を嫌い、祖父は毘沙門館を解散、空手家を引退し隠遁生活を送っていました。


「よう、いさみ」


 白髪にピンと天まで伸びた白髭。

 この人こそ岡本毘沙門、私の祖父です。


「この人は?」


 祖父は一人の少年を連れていました。

 坊主頭で大きな体をしています。


「弟子の黒澤大吾君じゃよ」

「で、弟子!?」

「ふん……」


 この頃の大吾さんは印象は「怖い」の一言、まるで明王でした。


「ワシの孫じゃ。挨拶せい」

「黙れジジイ」

「生意気なやっちゃな」


 一触即発の状態。

 私はおそるおそる祖父に尋ねました。


「あ、あの……」

「いさみ、庭を借りるぞ。お前の母さんには言ってるからな」

「へ?」


 祖父は嬉嬉と語ります。


「空手じゃ」


 この頃、祖父は保護司をしていました。

 保護司とは犯罪や非行をした人が、再犯しないための更生と社会復帰を手助けする仕事です。

 大吾さんは所謂、非行少年でした。


「弱いのう」

(おじいちゃんが、あんなに強いなんて)


 稽古が始まりましたが、大吾さんの体はアザだらけ。

 組手で祖父に一方的にやられてしまいました。


「強く……俺は強くなりたい」


 大吾さんは人目もはばからず泣いていました。

 祖父は優しくさとします。


「ワシと共に勉強じゃ」


 自宅の庭を借りて行うマンツーマンの稽古。

 まるで二人は年の離れた親子のようでした。


「強くなったな」

「先生?」

「今の大吾なら大丈夫じゃよ」


 祖父は若い頃、強さだけを求める武道家でした。

 そして、自分が強くなり、弟子が増え、流派は大きくなりましたが相次ぐ弟子の裏切り。

 そこで気付いたのでしょう。武道は強さと同時に心を強くせねばと――。

 祖父が人間教育としての空手を熱心に教えていたのも、自分に残された時間が少ないことに気付いていたのかもしれません。


☆★☆


「もう一年か」

「早いですね」


 祖父は一年前に他界。

 大吾さんは祖父の伝手で、かの有名なアスマエレクトニックのセレクションを受けて合格。

 もうすぐ正式契約のテストがあるとのことで、その挨拶に来たのです。


「いさみ、岡本毘沙門は本物だ」


 突然の言葉でした。


「急にどうしたんですか?」

「言われているんだよ。伝説の空手家、岡本毘沙門はウソだらけの物語を作り、自分を神格化させ弟子を集めていたニセモノだったとな」


 大吾さんは体を震わせ、


「私が証明する! 最後の弟子である私が……岡本毘沙門の強さを!」


 明王のような顔になっていたのです。

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