目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第49話:絶対王者

 藤宮流やわら

 元々は紀州藩士、藤宮呑敵どんてきが創始した流派。

 時代を重ねるごとに各流派の技術、あるいは拳法など海外の武術技法を取り入れ独自に発展。

 現代でも実践派古武術として名高い。


 そんな藤宮流に『羽衣の體』と呼ばれる技術がある。

 これは瞬間的身体操作により、打点をずらし、吸収し無力化させる秘法。

 この技は江戸後期、藤宮家の一人娘、藤宮瑠衣るいにより考案されたという。


 女ごときが身につけたとならば、と多くの門弟達は羽衣の體の会得に挑戦したが尽く失敗。

 以降、この秘法は体の柔軟性や感覚に優れる女人しか身につけられないとされた。


 そして長い間、この技は伝説とされているが――。


 綿貫 みぞれ 著:大武術流派百選より


☆★☆


「羽衣の體をトレースさせた?」

「そうさ、そのために戦っていた」

「シュハリの正体は、神谷颯と思っていましたが」

「最初はあたしさ、羽衣の體を烈風猛竜ルドラプターに覚えさせるためにね」

「ならば、覆面をつけたのは――」


 暦は一歩を間を詰めた。

 ルミもそれに合わせ重心を落とす。


「入れ替わるためだよ。あたしは、あいつが万全の状態で戦えるよう下地を作りをした」

「何が目的でそのようなことを」

「言っただろ、黒澤大吾に勝つためさ。オヤジとあたしの無念を晴らしてもらうためにね」

「ルミが闘えばいいのでは?」


 ルミは嫌悪感を露わにする。


「ぬけぬけとよく言うよ、だろ」

「藤宮流に負けは許されません」

「勝手だよ。まだ現役でやりたかったのに」

「それがあなたのためだと思ったのです」


 暦は視線を山村に向ける。


「それより山村さん、あなたはどちらの味方なんですか」

「ああ、バレてましたか」

「当たり前です」


 山村の右手にはナイフが握られていた。

 どうやら密かに縄を切ったようだ。


「言ったでしょう。クオリティタイムだと」

「は?」


 何やらわからぬ顔をする暦。

 山村はニッと微笑む。


「親子水入らずで語り合いましょう」

「どういう意味ですか」

「一対一の試合ですよ。広い空き部屋で存分に――なんなら道着も用意しましょうか?」


 暦は高笑いを上げた。


「ほほほっ! ご冗談をこの子は一度、私に倒されたのですよ?」


 それに対し、ルミは腰に手を当てて述べた。


「アレはわざと捕えられてやったんだよ。勝手に家から出て行った罰としてね」

「自分で自分を罰したと? 言い訳はほどほどになさい」


 ルミは続ける。


「今度はそうはいかないよ。あんたを絶対に倒す自信がある」


 暦から笑顔が消えた。


「笑えない冗談ですね」


 緊張した空間が流れる。

 山村といえば、特に気にする様子もなく二人に目を向けた。


「どうします?」


 二人の答えは決まっていた。


「試合を受けましょう」

「どちらが上かね」


☆★☆


 試合場は嵐に見舞われていました。


『正拳突き! 下段回し蹴り! 三日月蹴り! 肘打ち! 鎖骨打ち! ウオリヤアアアッ! 』


 打撃技のオンパレード。

 重い一撃を受け続けていますが、


「藤宮流は使わないのかい?」


 烈風猛竜ルドラプターにダメージはなさそうです。


「ならば!」


 闘神坊は体当たりを実行。

 烈風猛竜ルドラプターの胴体を掴みます。


「あ、あの技はッ!?」


 闘神坊は烈風猛竜ルドラプターを持ち上げました。

 あれは確か――準決勝でグリモアサンボを倒した技。


「藤宮流鸞擔らんかつぎ!」


 相撲の櫓投げに似た投げ技。

 打撃がダメなら、地面に打ちつけダメージを与えようと考えたのでしょう。


『頭から落とされたアアアッ!』


 しんと静まりました。

 流石にこれでは烈風猛竜ルドラプターも――。


「最初の入りが甘いよ」

「むッ!?」


 闘神坊は地面に倒れる烈風猛竜ルドラプターの頭部を踏みつけますが、


「ほいさ!」


 急いで烈風猛竜ルドラプターは跳ね起き、攻撃をかわします。


『ま、まともに地面に叩きつけられたのに無傷ウウウッ!』


 シュハリはニヤリとします。


「あの技は最初の体当たりが肝心だ。肩できちんと当身を入れないとね」

「……その後の投げは完璧だったはずだ」

「簡単だよ、受け身をしたまでさ」

「あの位置でか?」

「首をこの角度でね」


 烈風猛竜ルドラプターの頭が少し動きました。


「へへっ! 黒澤のやつ、きっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてるぜ」

「そうっスね」


 粟橋さんと加納さんです。

 試合を見ながら、してやったりの表情です。


「社長が医療用に開発した人工筋肉だ。女のように柔らかい筋の弾力が、野郎の攻撃を全部吸収するぜ」

「作ったのは岡本精機っスけどね」


 加納さんは烈風猛竜ルドラプターを見つめます。


「まあ、仕掛けはそれだけではないんスけど」

「加納、どういうことだ」

「実は社長に動作プログラミングを密かに依頼されてて――」


 試合に戻ります。

 黒澤選手はシュハリに問いかけます。


「どんな手品を使った」

「ルミちゃんの力さ」

「ルミだと?」

「羽衣の體と言えばわかるかな」

「あの技を使えるのか、男のお前に」

「技をマシンにトレースさせたのさ。相手の動き、衝撃に合わせて自動作動する」


 すると黒澤選手は、


「どういう経緯かわからぬが」


 自信ありげな表情をします。


「その技を破る方法はある」


 闘神坊は組手構えとは違う形を取ります。

 両手を頭につけ、中段はがら空き。

 足といえば前屈立ちで、背は少し丸くなっています。

 防御を捨てた攻撃特化型の構えでした。


「虎口の構えか」


 シュハリは闘神坊の構えをそう呼びます。

 一方の黒澤選手は闘神坊を操作。


「それはタイミングに合わせ、敵の攻撃を無力化するもの」


 一瞬ですが闘神坊の姿が消えたように見えました。


「然らば」


 それほどに素早い踏み込みだったのです。


「反射神経を凌駕すればよい!」


 烈風猛竜ルドラプターの懐に入った闘神坊は、


――打!


 中段突きを打ち込みました。


 ゴキャッ、


 鈍い金属音が奏でられます。


「うっ!?」


 シュハリのモニターに映るダメージ量は。


――胸部・機体損傷率34%


 かなりの数値。

 事実、烈風猛竜ルドラプターの胸部に亀裂が走っていました。

 黒澤選手は打ち込んだ右拳を突き出します。


「闘神坊に機能ギミックはない! この黒澤大吾が磨き抜いた技のみで戦う!」


 そうです。


『これが……』


 どんな技をしようと。


『これこそが……』


 どんな機能ギミックを使おうと。


『絶対王者』


 どんな策を用いようと。


『黒澤大吾だ!』


 真っ向勝負に勝つのが黒澤大吾!


――黒澤! 黒澤! 黒澤!


 黒澤コールを耳にするシュハリ。


「やはり強い」


 そう述べ、


「藤宮流――蜘蛛糸の構え」


 構えを取りました。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?