照明は消され、闇の衣をまとう空破闘機場。
暗闇の中より熱狂が詠われます。
『東に青龍! 西は白虎!南の朱雀に! 北は白虎! そして――中央に位置するは黄龍ッ!』
詠の主は夢比奈ミリア。
スポーツ実況系Vtuberと人気を博し、今はBU-ROADバトルの専属アナ。
『手に入れるぞ神の精! 龍博士との交渉権!』
彼女は私――。
内気な自分の中に住む、もう一つの人格。
『黄龍祭の決勝戦が
試合場に光が当てられます。
――オオオオオオオオオオッ!
観客達の絶叫と興奮が聞こえる度に、もう一人の岡本いさみが飛び出します。
『決勝に生き残ったのは――紫雲電機とアスマエレクトニックッ!』
ルミさんの言葉を思い出します。
「お互い、ペルソナを被っていたね」
ペルソナ、誰しもが自分を隠すために仮面をつけている――。
『お宝をゲットするのはどっちだ!?』
岡本いさみと夢比奈ミリア。
どっちが本当の私?
「偽りの名を使おうと、姿になろうと、お前は岡本いさみ。岡本毘沙門の孫なのだ」
大吾さんの言葉です。
私は岡本いさみであり、夢比奈ミリア。
――ならば詠いましょう。
○ 黄龍祭 決勝戦
契約ファイター:シュハリ(本名・神谷颯) スタイル:???
BU-ROADネーム:
VS
契約ファイター:黒澤大吾 スタイル:毘沙門館空手
BU-ROADネーム:闘神坊 スポンサー企業:アスマエレクトニック
紫雲電機は
赤き龍人のマシン。
操縦者はシュハリ――本名はハヤテ、神谷颯。
対するは、
アスマエレクトニックの闘神坊。
青白の明王像を思わせるマシン。
操縦者は絶対王者、黒澤大吾。
『黄龍祭決勝戦!』
二人のために精一杯、闘いの詠を――。
『
二人のために奏でましょう、闘いの詠を――。
『闘神坊も構える!』
皆に響き渡らせましょう、闘いの詠を――。
『BU-ROADバトル!
私は実況者なのだから。
――オオオオオオオオオオッ!
歓声が轟音へと変わります。
私の体を、骨を、心臓を揺らします。
そして、耳からは機械音が流れます。
『
まず、動いたのは
左半身の構えで間合いを詰めます。
足のスタンスは肩幅よりやや広め、手の位置は下段。
シュハリは広く目配りし、闘神坊の動きをよく見ようとしていました。
「へぇ……あんたも構えるんだ」
珍しい光景でした。
一回戦からこれまで無構えだった闘神坊。
その構えは実にオーソドックス。
足のスタンスはやや広く、両手を顎に下につけた組手構えをしていました。
「……左腕だ」
黒澤選手は
その左腕は隠されるように、白い布――マントに覆われていたのです。
「何を仕込む」
突然飾り付けられた、
マントを使用した
もしくは、マントを目隠しに使ったラフファイトを見せるのでしょうか。
それとも、私の知らない新たな
いや、これ自体が
「王者らしくもない、俺を警戒しているのかい」
「シュハリ――
「……俺を知ってたのか」
「
どっしりと構える闘神坊。
黒澤選手は続けます。
「藤宮不屈と藤宮ルミ。これまでのどんな試合よりも苦戦した相手だ」
不屈とルミ、二人の藤宮。
初めて聞く名前でした。
私もV活動をする前に何試合と見て来ましたが記憶に――。
(あっ!)
いえ、長い月日と共に忘れていました。
藤宮不屈――旧姓は真田。
第一回BU-ROADバトル世界大会の優勝者、藤宮暦さんの夫。
BU-ROADバトルの成績は中堅クラスですが、長く現役を務められた方です。
確か黒澤選手との試合に負け、突然の引退宣言をしました。
そして、二人目の藤宮ルミ。
暦さんと不屈さんの娘で、2世選手として話題を集めました。
BU-ROADバトルのデビュー戦でも見事勝利、それから破竹の勢いで連戦連勝。
黒澤選手の連勝記録を抜くか、と言われましたが――。
(大吾さんに倒されたんだっけ……)
試合の内容は今でも覚えています。
ルミさん操る
しかし、最後は防戦一方となっていた
受けに徹するあまり、マシンがオーバーヒートを起こしたのです。
そして、不思議なのはルミさんが引退発表したことです。
誰もが褒めるような善戦、名勝負と言われたのにも関わらず――。
それ以降は表舞台から姿を消し、長らくその存在は忘れられていました。
私が見たシュハリの正体、素顔はルミさんだったのです。
『何で気付かなかったんだろう』
心の声がミリアの声として現れます。
「どうした、どうした」
「何を気付かなかったんだ」
観客の声が耳に入りました。
いけません、私はプロの実況系VTuber夢比奈ミリアです。
『王者も動いた!』
失礼、集中して試合に戻ります。
「どういう策があるにせよ」
黒澤選手は強い口調で言いました。
闘神坊は構えたまま前に進み、
「小細工にしか過ぎぬ!」
一撃を放ちます。
『先に仕掛けたのは闘神坊!』
真っすぐ過ぎるほど真っすぐな正拳突き。
一回戦で
基本中の基本の技を、必殺技にまで昇華した技。
(来た!)
シュハリは迫りくる必殺の正拳突きを見据えます。
狙いは胸部。
(王者故のプライドか――)
「バカ正直過ぎる!」
左腕がマントを突き破り、
「
灰色の腕が見えました。
『あ、あれは――』
そう。
『
準決勝で戦った雷の左腕でした。
「ぬゥッ!」
その左腕で、
「捕まえた」
闘神坊の突きを捕獲したのです。