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第47話:闘いの詠

 照明は消され、闇の衣をまとう空破闘機場。

 暗闇の中より熱狂が詠われます。


『東に青龍! 西は白虎!南の朱雀に! 北は白虎! そして――中央に位置するは黄龍ッ!』


 詠の主は夢比奈ミリア。

 スポーツ実況系Vtuberと人気を博し、今はBU-ROADバトルの専属アナ。


『手に入れるぞ神の精! 龍博士との交渉権!』


 彼女は私――。

 内気な自分の中に住む、もう一つの人格。


『黄龍祭の決勝戦が開始はじまるぞオオオッ!』


 試合場に光が当てられます。


――オオオオオオオオオオッ!


 観客達の絶叫と興奮が聞こえる度に、もう一人の岡本いさみが飛び出します。


『決勝に生き残ったのは――紫雲電機とアスマエレクトニックッ!』


 ルミさんの言葉を思い出します。


 「お互い、ペルソナを被っていたね」


 ペルソナ、誰しもが自分を隠すために仮面をつけている――。


『お宝をゲットするのはどっちだ!?』


 岡本いさみと夢比奈ミリア。

 どっちが本当の私?


「偽りの名を使おうと、姿になろうと、お前は岡本いさみ。岡本毘沙門の孫なのだ」


 大吾さんの言葉です。

 私は岡本いさみであり、夢比奈ミリア。

 ――ならば詠いましょう。


○ 黄龍祭 決勝戦


契約ファイター:シュハリ(本名・神谷颯) スタイル:???

BU-ROADネーム:烈風猛竜ルドラプター スポンサー企業:紫雲電機


VS


契約ファイター:黒澤大吾 スタイル:毘沙門館空手

BU-ROADネーム:闘神坊 スポンサー企業:アスマエレクトニック


 紫雲電機は烈風猛竜ルドラプター

 赤き龍人のマシン。

 操縦者はシュハリ――本名はハヤテ、神谷颯。


 対するは、


 アスマエレクトニックの闘神坊。

 青白の明王像を思わせるマシン。

 操縦者は絶対王者、黒澤大吾。


『黄龍祭決勝戦!』


 二人のために精一杯、闘いの詠を――。


烈風猛竜ルドラプターも構え!』


 二人のために奏でましょう、闘いの詠を――。


『闘神坊も構える!』


 皆に響き渡らせましょう、闘いの詠を――。


『BU-ROADバトル! 開始ファイッ!』


 私は実況者なのだから。


――オオオオオオオオオオッ!


 歓声が轟音へと変わります。

 私の体を、骨を、心臓を揺らします。

 そして、耳からは機械音が流れます。


烈風猛竜ルドラプター! 半身の姿勢で進む!』


 まず、動いたのは烈風猛竜ルドラプター

 左半身の構えで間合いを詰めます。

 足のスタンスは肩幅よりやや広め、手の位置は下段。

 シュハリは広く目配りし、闘神坊の動きをよく見ようとしていました。


「へぇ……あんたも構えるんだ」


 珍しい光景でした。

 一回戦からこれまで無構えだった闘神坊。

 その構えは実にオーソドックス。

 足のスタンスはやや広く、両手を顎に下につけた組手構えをしていました。


「……左腕だ」


 黒澤選手は烈風猛竜ルドラプターの左腕を見ます。

 その左腕は隠されるように、白い布――マントに覆われていたのです。


「何を仕込む」


 突然飾り付けられた、烈風猛竜ルドラプターのマントはどういう狙いがあるのでしょうか。

 マントを使用した攪乱かくらん攻撃を仕掛けるのでしょうか。

 もしくは、マントを目隠しに使ったラフファイトを見せるのでしょうか。

 それとも、私の知らない新たな機能ギミックを繰り出すための伏線の可能性もあります。

 いや、これ自体がトラップ、そうして相手に考えさせ迷わせるための作戦という可能性もあり得ます。


「王者らしくもない、俺を警戒しているのかい」

「シュハリ――いな、神谷颯。貴様は他の者達とは違う、警戒して当然だ」

「……俺を知ってたのか」

と同じ、藤宮流の使い手だからな」


 どっしりと構える闘神坊。

 黒澤選手は続けます。


「藤宮不屈と藤宮ルミ。これまでのどんな試合よりも苦戦した相手だ」


 不屈とルミ、二人の藤宮。

 初めて聞く名前でした。

 私もV活動をする前に何試合と見て来ましたが記憶に――。


(あっ!)


 いえ、長い月日と共に忘れていました。

 藤宮不屈――旧姓は真田。

 第一回BU-ROADバトル世界大会の優勝者、藤宮暦さんの夫。

 BU-ROADバトルの成績は中堅クラスですが、長く現役を務められた方です。

 確か黒澤選手との試合に負け、突然の引退宣言をしました。


 そして、二人目の藤宮ルミ。

 暦さんと不屈さんの娘で、2世選手として話題を集めました。

 BU-ROADバトルのデビュー戦でも見事勝利、それから破竹の勢いで連戦連勝。

 黒澤選手の連勝記録を抜くか、と言われましたが――。


(大吾さんに倒されたんだっけ……)


 試合の内容は今でも覚えています。

 ルミさん操る迅雷剛竜ボルドラゴンは正面から攻めず、左右に回り込み、近付けば蹴りで牽制し、攻撃すれば捌いたりと巧みに戦っていました。

 しかし、最後は防戦一方となっていた迅雷剛竜ボルドラゴンが機能停止し敗北。

 受けに徹するあまり、マシンがオーバーヒートを起こしたのです。


 そして、不思議なのはルミさんが引退発表したことです。

 誰もが褒めるような善戦、名勝負と言われたのにも関わらず――。

 それ以降は表舞台から姿を消し、長らくその存在は忘れられていました。

 私が見たシュハリの正体、素顔はルミさんだったのです。


『何で気付かなかったんだろう』


 心の声がミリアの声として現れます。


「どうした、どうした」

「何を気付かなかったんだ」


 観客の声が耳に入りました。

 いけません、私はプロの実況系VTuber夢比奈ミリアです。


『王者も動いた!』


 失礼、集中して試合に戻ります。


「どういう策があるにせよ」


 黒澤選手は強い口調で言いました。

 闘神坊は構えたまま前に進み、


「小細工にしか過ぎぬ!」


 一撃を放ちます。


『先に仕掛けたのは闘神坊!』


 真っすぐ過ぎるほど真っすぐな正拳突き。

 一回戦で皇帝ホアンディ選手を倒したシンプルな技。

 基本中の基本の技を、必殺技にまで昇華した技。


(来た!)


 シュハリは迫りくる必殺の正拳突きを見据えます。

 狙いは胸部。


(王者故のプライドか――)


 烈風猛竜ルドラプターの左腕、マントから光が薄っすらと漏れました。


「バカ正直過ぎる!」


 左腕がマントを突き破り、


雷拳ボルトフィスト、起動!」


 灰色の腕が見えました。


『あ、あれは――』


 そう。


いかづちの腕だァ~~~~!』


 準決勝で戦った雷の左腕でした。


「ぬゥッ!」


 その左腕で、


「捕まえた」


 闘神坊の突きを捕獲したのです。

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