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第44話:ブラック・ザ・マン

 薄暗い部屋、空破闘機場に設けられた部屋。

 ここは人気の少ない空き部屋である。


「ヌヒヒヒッ!」


 男はおかしな笑い声を上げた。

 おかしいのはそれだけではない、男は柑橘類デカポンを模ったマスクを被り、オレンジ色のプロレスパンツ、緑色のレスリングシューズを履いていた。

 彼はマスク・ド・シラヌヒ――本名、清巳凡至。

 大手通信販売会社、シラヌヒ・ストアの代表取締役であり、オレンジプロレスの現役レスラーである。


「ボクと勝負だって?」

「マシン製造料と短期訓練プログラムの受講料だ」


 対するは黒澤大吾。

 BU-ROADバトル世界大会を5連覇する最強王者である。


「おいおい、君達から誘ってきたお話だろ」

「ああ、いいサンプルになった。素人でも短期間の訓練を詰めば、BU-ROADバトルの実戦でも戦えることがな」

「何を言っているんだい?」

「貴様には関わりのないことだ。勝負をするのか、しないのかどっちなのだ」

「ヌヒィ! ボクの格好を見ればわかるだろ」


 マスク・ド・シラヌヒは腰を屈めた、レスリングスタイルだ。


「チャンピオンか知らないけど、所詮は機械格闘技というお遊びの中だけのお話さ」

「格闘演技者のピエロにだけは言われたくない」


 対する黒澤は仁王立ちで構えない。


「ヌヒヒヒヒヒィ!」


 マスク・ド・シラヌヒは笑った。

 その声には怒気がこもっていた。


「人を素人だとか、格闘演劇者とか――聞き捨てならないねェ!」


 マスク・ド・シラヌヒは弾丸タックルを放った。

 低い体勢の突撃はさながら猛牛であるが、


「た、倒れない!?」


 黒澤は倒れなかった。


 コッ、


 骨を打つ音が部屋に響いた。

 黒澤は中指一本拳と呼ばれる拳型で、こめかみ急所を打った。


「……アレッ!?」


 マスク・ド・シラヌヒはブラックアウト、床に倒れた。


「凄いねチャンプ」


 男が部屋の隅からぬっ、と現れ拍手する。

 飛鳥馬実、アスマエレクトニックの最高経営責任者である。


「にしても――」


 倒れたマスク・ド・シラヌヒを実は見つめる。


「対戦形式のウォーミングアップはいるのかい? 」


 黒澤は答える。


「これをせねば、血がたぎらぬのです」


 これが黒澤大吾、独特のアップ法。

 試合前には、必ず格闘家達と拳を交えることで戦闘準備を行う。

 それが絶対王者の作法なのだ。


☆★☆


――黒澤! 黒澤! 黒澤!


 観客達の黒澤コールが響きます。

 これより、準決勝二回戦が開始はじまります。


○ 黄龍祭 準決勝二回戦


契約ファイター:タクミ・ウキタ スタイル:サンボ

BU-ROADネーム:グリモアサンボ スポンサー企業:ノスタルジクス


VS


契約ファイター:黒澤大吾 スタイル:毘沙門館空手

BU-ROADネーム:闘神坊 スポンサー企業:アスマエレクトニック


「あなたと戦えて光栄です」


 くっきりとした顔立ちの青年が微笑みかけます。

 黒澤選手の対戦相手であるウキタ選手です。

 サンボの世界選手権で優勝した実績を持ち、総合空手覇道塾の黒帯持ち。

 日本国内の総合格闘技大会でもいくつか優勝した実力者ですが。


の私が胸をお借りするなんて――」


 ウキタ選手は元々アスマエレクトニックの練習生でした。

 正式契約を勝ち取るためのテストに不合格となり退所。

 その後、ノスタルジクスのBU-ROADセレクションを受験し合格。

 今は、ノスタルジクスの専属として活躍しています。


「来るがよい」


 黒澤選手は闘神坊を起動。

 構えはありません。

 ゆっくり、ゆっくりと間合いを詰めます。

 対するウキタ選手のグリモアサンボ、腰を屈めたグラップリングスタイル。

 銀色の装甲が照明に反射し、キラリと輝くと、


「では」


 突撃タックルを敢行。

 そのまま一気に間を詰めます。


『得意の組み技か!?』


 ミリアの実況通り、グリモアサンボは組み技を披露するのでしょうか?


『いいえ!』


 そうではありません。


『ぶん殴ったッ!』


 グリモアサンボは体を正面に向け、腰ではなく肩を回してフックを打ちます。

 所謂、ロシアンフックと呼ばれる豪快な一撃です。


『サンビストの打撃だ! ハラショー!』


 闘神坊の顔に重いフックがぶつかります。

 ガン、と金属を叩きつける音色が奏でられました。

 流石の闘神坊もダウンか?


「力が足りぬ」


 いえ倒れません。

 打撃を受けたまま立っています。


「バカな! パワーでは負けていないはずだ!」


 動揺するウキタ選手に、


「簡単な話だ。お前のマシンが弱いだけのこと」


 黒澤選手は答え、


機能ギミックを見せろ。こちらからは攻撃しない」


 ウキタ選手を挑発。

 闘神坊は仁王立ちのままです。


「ク、クソッ!」


 グリモアサンボは両手をかざします。


――超磁力掴みマグネットクラッチ


 グリモアサンボの機能ギミックが発動。

 両掌に組み込まれた磁力発生装置から磁気パワーを放出。

 対戦相手を引き寄せ、組み付き、投げもしくは関節技を極める必勝の戦法です。


『吸い寄せられるぞゥ!?』


 両機の間合いがどんどん縮まります。

 ベクトルが近くなり、組み技を得意とするグリモアサンボの攻撃範囲に入りました。


「このまま組み付いて――」


 ウキタ選手がそう述べたときです。


『な、なんと!』


 闘神坊は腰を屈め、


『タックル!?』


 ドッ!

 頭から突っ込み、

 ガシッ!

 両手で胴体を掴み、

 グイッ!

 グリモアサンボを抱え、


『そして、抱えて――』


 ググッ!

 グリモアサンボを持ち上げ、


『投げつけるッ!』


 ブンッ!

 地面に叩きつけました。


『王者! 危なげなく決勝進出ですッ!』


 その技は相撲でいうところの櫓投げ。

 グリモアサンボは体中から放電し、機能を停止しました。


○ 黄龍祭 準決勝二回戦


契約ファイター:タクミ・ウキタ スタイル:サンボ

BU-ROADネーム:グリモアサンボ スポンサー企業:ノスタルジクス


VS


契約ファイター:黒澤大吾 スタイル:毘沙門館空手

BU-ROADネーム:闘神坊 スポンサー企業:アスマエレクトニック


勝者:『黒澤大吾』


「え?」


 ウキタ選手は茫然自失となっていました。

 呆気なく倒されたこと、それも得意とする組み技で敗れたからでしょう。


――黒澤! 黒澤! 黒澤!


 ウキタ選手の耳には黒澤コールが響くのみ。

 盛り上がる観客達の声を聞き、ウキタ選手はやっと現実に戻されました。


「これが絶対王者か……」


☆★☆


 特別室。

 ルミは黒澤が放った技を口にする。


鸞擔らんかつぎ!」


 あれは櫓投げではない。

 藤宮流の技、それも奥伝の技だ。

 母は本当に、黒澤に藤宮流の奥義を伝授したのだと思い知らされた。


「ルミの夫となる男ですからね」


 暦は不敵に笑った。

 意味することは一つ、ルミと黒澤を結婚させるつもり腹積もりである。

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