薄暗い部屋、空破闘機場に設けられた部屋。
ここは人気の少ない空き部屋である。
「ヌヒヒヒッ!」
男はおかしな笑い声を上げた。
おかしいのはそれだけではない、男は
彼はマスク・ド・シラヌヒ――本名、清巳凡至。
大手通信販売会社、シラヌヒ・ストアの代表取締役であり、オレンジプロレスの現役レスラーである。
「ボクと勝負だって?」
「マシン製造料と短期訓練プログラムの受講料だ」
対するは黒澤大吾。
BU-ROADバトル世界大会を5連覇する最強王者である。
「おいおい、君達から誘ってきたお話だろ」
「ああ、いいサンプルになった。素人でも短期間の訓練を詰めば、BU-ROADバトルの実戦でも戦えることがな」
「何を言っているんだい?」
「貴様には関わりのないことだ。勝負をするのか、しないのかどっちなのだ」
「ヌヒィ! ボクの格好を見ればわかるだろ」
マスク・ド・シラヌヒは腰を屈めた、レスリングスタイルだ。
「チャンピオンか知らないけど、所詮は機械格闘技というお遊びの中だけのお話さ」
「格闘演技者のピエロにだけは言われたくない」
対する黒澤は仁王立ちで構えない。
「ヌヒヒヒヒヒィ!」
マスク・ド・シラヌヒは笑った。
その声には怒気がこもっていた。
「人を素人だとか、格闘演劇者とか――聞き捨てならないねェ!」
マスク・ド・シラヌヒは弾丸タックルを放った。
低い体勢の突撃はさながら猛牛であるが、
「た、倒れない!?」
黒澤は倒れなかった。
コッ、
骨を打つ音が部屋に響いた。
黒澤は中指一本拳と呼ばれる拳型で、
「……アレッ!?」
マスク・ド・シラヌヒはブラックアウト、床に倒れた。
「凄いねチャンプ」
男が部屋の隅からぬっ、と現れ拍手する。
飛鳥馬実、アスマエレクトニックの最高経営責任者である。
「にしても――」
倒れたマスク・ド・シラヌヒを実は見つめる。
「対戦形式のウォーミングアップはいるのかい? 」
黒澤は答える。
「これをせねば、血が
これが黒澤大吾、独特のアップ法。
試合前には、必ず格闘家達と拳を交えることで戦闘準備を行う。
それが絶対王者の作法なのだ。
☆★☆
――黒澤! 黒澤! 黒澤!
観客達の黒澤コールが響きます。
これより、準決勝二回戦が
○ 黄龍祭 準決勝二回戦
契約ファイター:タクミ・ウキタ スタイル:サンボ
BU-ROADネーム:グリモアサンボ スポンサー企業:ノスタルジクス
VS
契約ファイター:黒澤大吾 スタイル:毘沙門館空手
BU-ROADネーム:闘神坊 スポンサー企業:アスマエレクトニック
「あなたと戦えて光栄です」
くっきりとした顔立ちの青年が微笑みかけます。
黒澤選手の対戦相手であるウキタ選手です。
サンボの世界選手権で優勝した実績を持ち、総合空手覇道塾の黒帯持ち。
日本国内の総合格闘技大会でもいくつか優勝した実力者ですが。
「
ウキタ選手は元々アスマエレクトニックの練習生でした。
正式契約を勝ち取るためのテストに不合格となり退所。
その後、ノスタルジクスのBU-ROADセレクションを受験し合格。
今は、ノスタルジクスの専属として活躍しています。
「来るがよい」
黒澤選手は闘神坊を起動。
構えはありません。
ゆっくり、ゆっくりと間合いを詰めます。
対するウキタ選手のグリモアサンボ、腰を屈めたグラップリングスタイル。
銀色の装甲が照明に反射し、キラリと輝くと、
「では」
そのまま一気に間を詰めます。
『得意の組み技か!?』
ミリアの実況通り、グリモアサンボは組み技を披露するのでしょうか?
『いいえ!』
そうではありません。
『ぶん殴ったッ!』
グリモアサンボは体を正面に向け、腰ではなく肩を回してフックを打ちます。
所謂、ロシアンフックと呼ばれる豪快な一撃です。
『サンビストの打撃だ! ハラショー!』
闘神坊の顔に重いフックがぶつかります。
ガン、と金属を叩きつける音色が奏でられました。
流石の闘神坊もダウンか?
「力が足りぬ」
いえ倒れません。
打撃を受けたまま立っています。
「バカな! パワーでは負けていないはずだ!」
動揺するウキタ選手に、
「簡単な話だ。お前のマシンが弱いだけのこと」
黒澤選手は答え、
「
ウキタ選手を挑発。
闘神坊は仁王立ちのままです。
「ク、クソッ!」
グリモアサンボは両手をかざします。
――
グリモアサンボの
両掌に組み込まれた磁力発生装置から磁気パワーを放出。
対戦相手を引き寄せ、組み付き、投げもしくは関節技を極める必勝の戦法です。
『吸い寄せられるぞゥ!?』
両機の間合いがどんどん縮まります。
ベクトルが近くなり、組み技を得意とするグリモアサンボの攻撃範囲に入りました。
「このまま組み付いて――」
ウキタ選手がそう述べたときです。
『な、なんと!』
闘神坊は腰を屈め、
『タックル!?』
ドッ!
頭から突っ込み、
ガシッ!
両手で胴体を掴み、
グイッ!
グリモアサンボを抱え、
『そして、抱えて――』
ググッ!
グリモアサンボを持ち上げ、
『投げつけるッ!』
ブンッ!
地面に叩きつけました。
『王者! 危なげなく決勝進出ですッ!』
その技は相撲でいうところの櫓投げ。
グリモアサンボは体中から放電し、機能を停止しました。
○ 黄龍祭 準決勝二回戦
契約ファイター:タクミ・ウキタ スタイル:サンボ
BU-ROADネーム:グリモアサンボ スポンサー企業:ノスタルジクス
VS
契約ファイター:黒澤大吾 スタイル:毘沙門館空手
BU-ROADネーム:闘神坊 スポンサー企業:アスマエレクトニック
勝者:『黒澤大吾』
「え?」
ウキタ選手は茫然自失となっていました。
呆気なく倒されたこと、それも得意とする組み技で敗れたからでしょう。
――黒澤! 黒澤! 黒澤!
ウキタ選手の耳には黒澤コールが響くのみ。
盛り上がる観客達の声を聞き、ウキタ選手はやっと現実に戻されました。
「これが絶対王者か……」
☆★☆
特別室。
ルミは黒澤が放った技を口にする。
「
あれは櫓投げではない。
藤宮流の技、それも奥伝の技だ。
母は本当に、黒澤に藤宮流の奥義を伝授したのだと思い知らされた。
「ルミの夫となる男ですからね」
暦は不敵に笑った。
意味することは一つ、ルミと黒澤を結婚させるつもり腹積もりである。