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第42話:屈辱と雪辱

 灰野秀児、思い出しました。

 デビュー戦の相手、MUTURAの契約ファイターです。

 確か、成績不振により解雇されたと記憶します。


「ヒュッ!」


 灰野カタナシ選手の呼気。

 繰り出した技は順突きジャブ


捕獲とる……で逆技をかける)


 単調な一撃。

 これなら捕れると思ったのでしょう。

 シュハリは、烈風猛竜ルドラプターを起動させ両の手を差し出します。

 雷の腕を掴み、投げあるいは関節技をかけるつもりです。


「ふっ!」


 が、順突きジャブを素早く引きました。


(フェイント!?)


 フェイント、次の攻撃に繋げるための布石。

 両手を差し出した烈風猛竜ルドラプターの胴体はがら空きとなります。


「バカめ!」


 灰野カタナシ選手は笑うと、


雷脚ボルトブート起動ッ!」


 雷の機能ギミックを発動。

 そして、


――雷槍サンダージャベリン


 前蹴り雷撃を突き刺しました。


☆★☆


 白熱した試合が展開される中、ルミは山村よりカタナシの正体を伝えられた。


「ハイノシュウジ?」

「覚えているかい」

「何となく――」


 ルミは決まりの悪い顔をする。

 灰野の名を覚えているが曖昧だ。

 これまでの対戦相手でも格下に近い、ルミはそんな灰野秀児路傍の石を忘れかけていた。


「その顔は殆ど忘れているね」


 ルミはチラリと雷を見る


「それとあのマシン……」

「お気づきのように、あれは迅雷剛竜ボルドラゴンだ。御影製作所の社長は雷神流の古参師範でね、君が乗り捨てたマシンを引き取って改造したんだ」

「乗り捨てたはないだろ」

「君が黒澤大吾に負けるのが悪い」

「人の古傷を……」


 雷神流とは空手の一派。

 福岡出身の空手家、山村正博により創始され、その特徴は手先の変化による打撃。

 平拳、一本拳、貫手など――その危険かつ顔面、投げ、関節技ありの過激な試合形式から門弟は少数。


「それより、灰野も迅雷剛竜ボルドラゴンも再生させた我々の手腕を褒めてもらいたいね」

「再生だと?」

「灰野秀児は、集めたデータによるとマシン操縦に必要な反射神経速度、知覚運動統合能力が高レベル。その潜在能力を雷神流が引き出したんだ」


 ルミは鼻で笑った。


「何を言ってんだ。前座だろ、あいつは」

「ルミさん、強いよ灰野秀児は」

「強い?」

「24時間、食事や睡眠以外は全て技の習得や、操縦技術の向上に当てた」


 ルミは息を飲んだ。

 期間が短くとも、屈辱を晴らすため、執念を燃やし、濃密な時間を過ごした男は強いことを。


「そりゃ強い」

「理解したようで嬉しいね」


 山村は続ける。


「彼の勝利は雷神流の勝利。我が父、山村康生やすおの夢だ」

「……誰?」


 ルミの言葉に暦は答えた。


「私のライバル。不屈より強い男でした」


 山村康生やすお、BU-ROADバトル創成期の選手である。

 雷神流の二代目総帥で、数々の格闘技大会で優勝した実績を持つ。

 暦とはライバル関係であったが、日本代表戦で敗れ引退。

 引退後はアスマエレクトニックの専属コーチとなり、多くの選手を育て上げるが心臓病により急死。

 以降は暦が後を継ぐことになる。


「暦さん、父は死ぬ前もあなたに拘っていましたよ」

「あの男が?」

「敗者とはそういうものです。いつかあなたを倒すと、引退後も無茶な鍛練をしていました」


 暦は哀れむような声で言った。


「お互いに引退して戦うことはないのに」

「心臓病で死ぬ間際の言葉は『暦』――普通は妻や子供の名前なんですがね」


 山村の目は悲しみと怒りの色を帯びている。

 そんな山村を見て、暦は言った。


「あなたは戦わないのですか?」


 山村は無念そうな表情を浮かべる。


「私にBU-ROADバトルの才能はありません。各企業のセレクションを受けましたが不合格でしたので」

「だから、テストパイロットになったのですか」

「父のコネを使ってね。せめて、藤宮流を間近で見たかった」


 山村と暦の話を聞くルミ。

 その話を聞きながら、一つの疑問に気付いた。


「待てよ。この大会の出場企業は龍博士が選び出したんだろ? 最初から、紫雲電機と御影製作所が対戦することが仕組まれていたかのような――」


 山村の目が見開いた。


「おや? 今更気付いたんですか」


 山村の言葉を聞き、ルミは目をぱちくりさせた。


「はあ?」


 暦は眉をしかめる。


「お待ちなさい。この大会は『龍博士との交渉権』をかけたものではなかったのでは?」

「あらら、暦さんも知らないのか」


 山村は周りにいる、門弟達の顔を見渡した。

 門弟達は苦笑いを浮かべている。

 その中の坊主頭の男が言った。


「若、我々しか知らないようですね」

「得津五段、どうやらそうみたいだね」

「会長も人が悪い」

「全くだよ」


 何事かわからないルミと暦。

 二人は状況を把握するため、山村に尋ねた。


「おい、どういうことだよ」

「説明なさい。場合によっては容赦しませんよ」


 山村はパンと手を叩いた。


「勝負事はフェアじゃなくちゃな!」


 唐突だった。

 山村は声色を変え、服の袖に手を入れている。

 誰かの形態模写やっているようだった。


「会長のモノマネ」


 どうやら、飛鳥馬不二男のモノマネらしい。

 この食えない山村の行動に、ルミも暦も困惑していた。


「は?」

「何を突然……」


 山村は言葉を続ける。


「この大会は『クオリティタイム』なんですよ」


☆★☆


『そこに痺れるゥ! 憧れるゥ! 強烈な前蹴りがヒット!』


 雷の前蹴りが、烈風猛竜ルドラプター腹部にヒットしました。

 電撃を帯びた蹴りは強烈です。


「いいのが入ったな」


 そう述べるシュハリ。

 VRメットのモニターには、


――ボディ・機体損傷率34%


 と表示されます。


「だ、大丈夫か!?」


 社長の声を耳にするシュハリ。


「不屈のおっさん、フェイントとか嫌いだったから。それに慣れちゃって」

「言い訳してないで、次のアクションだ!」

「わかって――」


 烈風猛竜ルドラプターが体制を整えようとした時です。


雷拳ボルトフィスト起動ッ!」


 雷は手からプラズマを放出させ、


――雷刺サンダーニードル


 貫手を繰り出しました。

 狙いは烈風猛竜ルドラプターの顔面です。


(顔を潰すつもりか)


 見据えるシュハリ。

 プラズマが放出しているのは手の部分だけです。


機能ギミックが発動していない『前腕部』を捕れば――)


 烈風猛竜ルドラプターは避けずに前へ出ます。

 雷の前腕部を掴み、投げか関節技を繰り出すつもりでしょうが、


「シャッ!」


 雷は上下反転、左手の位置は地面、右足は烈風猛竜ルドラプターの頭部へと向けられます。

 この技を私は見たことがあります。


紅蓮華輪ぐれんかりんッ! 復活だァ!』


 紅蓮華輪。

 灰野カタナシ選手が得意とした変則蹴りです。

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