俺はBU-ROADバトルの選手――だった。
「よく道場に顔を出すようになったな」
「BU-ROADバトルのトレーニングはいいのかね」
道場の隅から声が聞こえた。
共に空手の鍛練を積む仲間達の声だ。
横目でそっと見ると、俺のことを奇異な目で見つめている。
普段はMUTURAでBU-ROADバトルのトレーニングを積んでいるからだ。
「解雇されたんだよ」
師の声だ。この空手道場を経営している。
空手とBU-ROADバトルの特性を抽出した独自の機械格闘技理論を持ち、その世界では有名だ。
MUTURAのテッド星とは懇意にしており、俺をBU-ROADバトルのファイターとして推挙してくれた。
「解雇!?」
「マジですか」
「シュハリというルーキーに負けたのが決定的だったらしい。あのバカ、私の理論を――」
師と仲間達の冷たい視線を浴びる。
俺は黙々とサンドバックを叩くしかなかった。
「別れましょう」
ある日、付き合っていた彼女に別れを告げられた。
「あなたはもう〝ただの人〟なんですもの」
俺からプロという肩書きがなくなった。
彼女にとって、俺は自分を着飾るためのアクセサリーだったのだ。
輝きを失った宝玉はただの石ころだ。
俺は空手を辞めた。
キック、柔道、柔術――果ては合気道まで、あらゆる道場やジムに通った。
それは時代錯誤な『道場破り』を敢行するためだ。
「や、やめろ!」
相手は道場長、俺の師である。
「転がされる前に打撃で倒せ――それがあんたの理屈だった」
「この腕を解け!」
師にかけている技は
柔道や柔術で使う、一般的な関節技だ。
覚えたての技だが簡単に決まってしまった。
拍子抜けだ。
現実は師が俺に教えていたことは、試合に勝つためだけの方法だった。
「BU-ROADバトルは
「は、早く解け!」
「もっと別の
「それ以上は折れる!」
「俺はあんたの理論を素直に従ってきた」
「ま、待て! 私の空手理論とBU-ROADの工学――」
「全ては『絵に描いた餅』だ」
骨をへし折れる音が道場に響いた。
「ギャアアアッ!」
次に鳥が鳴くような声が道場に響いた。
俺は師の腕を折ったのだ。
かつての仲間達は血の気が引き、体を震わせている。
「こ、怖い」
道場の隅にいる子供の道場生がそう言った。
怖い、そう戦いというものは怖いもの、それが勝負の世界。
華やかな世界の裏側は残酷で無慈悲だ。
「うわあああッ!」
夜、俺は目覚めた。
また、
「
毎晩、俺はヤツの夢を見るようになった。
紫雲電機に、シュハリに、
俺は微妙な成績が続く整理対象だった。
あの試合前、テッドから「敗けたら即解雇」と伝えられた。
結果はご存じのように敗北、あの大事な試合に負けてしまった。
「俺はまだ
完全燃焼が出来ず悔いだけが残る。
あの時にああすれば、こうすればと――そんな負け犬の思考が浮かぶ。
そんな情けない後悔が『
「勝負して頂きたい」
「誰だ?」
「山村豊――武号は〝慈念〟です」
山村という男は細身だ。
それに服装はどこかの会社の作業着姿。
とてもじゃないが強そうに見えない。
「雷神流という空手をやってましてね。一手ご教授願います」
「聞いたこともない流派だな。それに時代遅れの空手か」
俺がそう言うと山村は笑った。
「空手は強いですよ」
「強い?」
「
何やら言っているようだが、俺の耳には入らない。
「趣味が悪いぜ……」
山村の作業着の胸に刺繍される文字が目に入ったからだ。
「紫雲電機が俺を笑いに来たかッ!」
俺は上段蹴りを放った。
おそらく、よくわからない流派の道場に通う腕自慢だ。
所属する組織が試合に勝ち、自分も勝ったような気がして気が強くなったのだろう。
こういう手合いはよくいる。
俺も本気で当てようと思っているわけではない。
ちょいとした脅し、顔面への寸止めでビビらせれば――。
「え?」
山村の指が、俺の喉元に当てられていることに気付いた。
「平拳」
「ちッ!」
俺は山村の手を捌き、顔面へ本気で突きを入れた。
だけども、
「一本拳」
「げほッ!」
軽く咳き込んだ。
山村の一本拳が俺の喉仏に軽く押し込まれたのだ。
「うらアアア!」
俺はムキになった。
タックルで倒し、グラウンドに持ち込めばいいと考えた。
「ぐッ!?」
靴先だけで蹴った一撃はまるで針だ。
痛みでうずくまる俺に山村は言った。
「空手の真価は手先、足先の変化だよ」
そして、
「もう一度、
山村は俺を誘った。
☆★☆
試合場は
「ふふっ!」
カタナシ選手は不気味に笑っています。
シュハリはカタナシの笑いがわからず、不思議な顔をします。
「何が嬉しいんだい」
「あんたのデビュー戦を思い出してね」
「デビュー戦?」
「それは
「苦い思い出?」
カタナシ選手は淡々と、
「
言葉を、
「
続けました。
シュハリは首をひねります。
「何を言っているんだい」
「背丈格好は似ている、が不思議だ。何かが違う気もする」
雷は凍結する地面に足を踏み入れました。
「まるで別人だ」
――
『こ、氷が電気エネルギーで解けていくゥ!』
雷の
脚部からプラズマが放出され、氷を溶解させていきます。
「だが、そんなことはどうでもいい」
雷はワンステップ、ツーステップ、スリーステップと間合いを詰めます。
「お前を――
それはフェンシングや伝統派空手のような、素早いステップと踏み込み。
「あんたは――」
組手構えをする
「誰なんだい?」
雷は、カタナシ選手は
「灰野秀児ッ!」
と答えました。