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第41話:雷の夢

 俺はBU-ROADバトルの選手――だった。


「よく道場に顔を出すようになったな」

「BU-ROADバトルのトレーニングはいいのかね」


 道場の隅から声が聞こえた。

 共に空手の鍛練を積む仲間達の声だ。

 横目でそっと見ると、俺のことを奇異な目で見つめている。

 普段はMUTURAでBU-ROADバトルのトレーニングを積んでいるからだ。


「解雇されたんだよ」


 師の声だ。この空手道場を経営している。

 空手とBU-ROADバトルの特性を抽出した独自の機械格闘技理論を持ち、その世界では有名だ。

 MUTURAのテッド星とは懇意にしており、俺をBU-ROADバトルのファイターとして推挙してくれた。


「解雇!?」

「マジですか」

「シュハリというルーキーに負けたのが決定的だったらしい。あのバカ、私の理論を――」


 師と仲間達の冷たい視線を浴びる。

 俺は黙々とサンドバックを叩くしかなかった。


「別れましょう」


 ある日、付き合っていた彼女に別れを告げられた。


「あなたはもう〝ただの人〟なんですもの」


 俺からプロという肩書きがなくなった。

 彼女にとって、俺は自分を着飾るためのアクセサリーだったのだ。

 輝きを失った宝玉はただの石ころだ。


 俺は空手を辞めた。

 キック、柔道、柔術――果ては合気道まで、あらゆる道場やジムに通った。

 それは時代錯誤な『道場破り』を敢行するためだ。


「や、やめろ!」


 相手は道場長、俺の師である。


「転がされる前に打撃で倒せ――それがあんたの理屈だった」

「この腕を解け!」


 師にかけている技は腕挫十字固うでひしぎじゅうじがため

 柔道や柔術で使う、一般的な関節技だ。

 覚えたての技だが簡単に決まってしまった。

 拍子抜けだ。

 現実は師が俺に教えていたことは、試合に勝つためだけの方法だった。


「BU-ROADバトルは打撃主体ストライカーが有利とのことで、打撃空手だけに力を注いできたが――」

「は、早く解け!」

「もっと別の技法やり方が必要だ」

「それ以上は折れる!」

「俺はあんたの理論を素直に従ってきた」

「ま、待て! 私の空手理論とBU-ROADの工学――」

「全ては『絵に描いた餅』だ」


 骨をへし折れる音が道場に響いた。


「ギャアアアッ!」


 次に鳥が鳴くような声が道場に響いた。

 俺は師の腕を折ったのだ。

 かつての仲間達は血の気が引き、体を震わせている。


「こ、怖い」


 道場の隅にいる子供の道場生がそう言った。

 怖い、そう戦いというものは怖いもの、それが勝負の世界。

 華やかな世界の裏側は残酷で無慈悲だ。


「うわあああッ!」


 夜、俺は目覚めた。

 また、の夢だ。


烈風猛竜ルドラプター……」


 毎晩、俺はヤツの夢を見るようになった。

 紫雲電機に、シュハリに、烈風猛竜ルドラプターに負けてからだ。

 俺は微妙な成績が続く整理対象だった。

 あの試合前、テッドから「敗けたら即解雇」と伝えられた。

 結果はご存じのように敗北、あの大事な試合に負けてしまった。


「俺はまだれる」


 完全燃焼が出来ず悔いだけが残る。

 あの時にああすれば、こうすればと――そんな負け犬の思考が浮かぶ。

 そんな情けない後悔が『烈風猛竜ルドラプターの夢』として表れるのだろう。


「勝負して頂きたい」


 肉体労働食うための仕事の帰り、山村という男が現れた。


「誰だ?」

「山村豊――武号は〝慈念〟です」


 山村という男は細身だ。

 それに服装はどこかの会社の作業着姿。

 とてもじゃないが強そうに見えない。


「雷神流という空手をやってましてね。一手ご教授願います」

「聞いたこともない流派だな。それに時代遅れの空手か」


 俺がそう言うと山村は笑った。


「空手は強いですよ」

「強い?」

をあなたは知らないだけです。我が雷神流空手は――」


 何やら言っているようだが、俺の耳には入らない。


「趣味が悪いぜ……」


 山村の作業着の胸に刺繍される文字が目に入ったからだ。


「紫雲電機が俺を笑いに来たかッ!」


 俺は上段蹴りを放った。

 おそらく、よくわからない流派の道場に通う腕自慢だ。

 所属する組織が試合に勝ち、自分も勝ったような気がして気が強くなったのだろう。

 こういう手合いはよくいる。

 俺も本気で当てようと思っているわけではない。

 ちょいとした脅し、顔面への寸止めでビビらせれば――。


「え?」


 山村の指が、俺の喉元に当てられていることに気付いた。


「平拳」

「ちッ!」


 俺は山村の手を捌き、顔面へ本気で突きを入れた。

 だけども、


「一本拳」

「げほッ!」


 軽く咳き込んだ。

 山村の一本拳が俺の喉仏に軽く押し込まれたのだ。


「うらアアア!」


 俺はムキになった。

 タックルで倒し、グラウンドに持ち込めばいいと考えた。


「ぐッ!?」


 鳩尾みぞおちに蹴りが刺さった。

 靴先だけで蹴った一撃はまるで針だ。

 痛みでうずくまる俺に山村は言った。


「空手の真価は手先、足先の変化だよ」


 そして、


「もう一度、烈風猛竜ルドラプターと試合をしたくないかい?」


 山村は俺を誘った。


☆★☆


 試合場は烈風猛竜ルドラプター機能ギミック氷満象アイスマンモーにより氷のフィールドに変わっていました。


「ふふっ!」


 カタナシ選手は不気味に笑っています。

 シュハリはカタナシの笑いがわからず、不思議な顔をします。


「何が嬉しいんだい」

「あんたのデビュー戦を思い出してね」

「デビュー戦?」

「それは氷満象アイスマンモー、地面や物を凍結させる機能ギミックだ。そいつには苦い思い出がある」

「苦い思い出?」


 カタナシ選手は淡々と、



 言葉を、



 続けました。

 シュハリは首をひねります。


「何を言っているんだい」

「背丈格好は似ている、が不思議だ。何かが違う気もする」


 雷は凍結する地面に足を踏み入れました。


「まるで別人だ」


――雷脚ボルトブート


『こ、氷が電気エネルギーで解けていくゥ!』


 雷の機能ギミック雷脚ボルトブートが発動。

 脚部からプラズマが放出され、氷を溶解させていきます。


「だが、そんなことはどうでもいい」


 雷はワンステップ、ツーステップ、スリーステップと間合いを詰めます。


「お前を――烈風猛竜ルドラプターを倒せば! 俺は夢から解放される!」


 それはフェンシングや伝統派空手のような、素早いステップと踏み込み。


「あんたは――」


 組手構えをする烈風猛竜ルドラプター


「誰なんだい?」


 雷は、カタナシ選手は順突きジャブを放ち、


「灰野秀児ッ!」


 と答えました。

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