さて、話を
こうして契約ファイターも決まり、新しくも怪しい新入社員が増えました。
迎えたデビュー戦も勝利、まだまだ小さい家電ベンチャーの紫雲電機ですが立ち上がりは順調。
ここから怒涛の快進撃が始まるでしょう――たぶん。
「最高のデビュー戦だったな! 相手はMUTURAだぞ!」
「そんなに凄いのか?」
「大手自動車メーカーのマシンだ。これはいい宣伝になった! 明日のスポーツ紙が楽しみだ!」
シュハリと社長は関係者通路を歩いています。
社長は勝利してご機嫌、満面の笑みを浮かべていました――ちょっと怖いです。
シュハリはマスクの口元を指で摘まんでいます。息がしにくいのでしょうか?
「これさ、もう外しちまっていい? 暑いんだけど」
「暫く我慢しろ。お前の顔を――」
社長が何かをいいかけると通路を女性が塞ぎました。
白衣を着た美人さんです。
「お久しぶり」
「あ、飛鳥馬主任……」
以前にもご紹介しました、アスマエレクトニックの小夜子さんです。
アスマエレクトニックの技術主任。そして、社長の元上司でもあるのです。
「BU-ROADバトルから逃げたのに戻ってきたのね」
「自分は逃げたわけでは……」
「逃げたようなものよ。あなたは途中で
逃げた?
あまり事情はわかりませんが、社長がアスマエレクトニックに所属していたのは聞いています。
そこで、どのような仕事をしていたかは知りません。小夜子さんの話しぶりから、BU-ROADバトルのマシンを作っていたのでしょうか?
「私は人々に喜んでもらえるようなものを作りたいだけで……」
「BU-ROADバトルだって、エンターテインメントとして人々に喜ばれているわ」
「じゃあ何で――」
グイッ。
「
シュハリがそう述べ、社長の手を引っ張ります。
「お、おい!?」
「今日は粟橋のおっさんが予約した店で祝勝会やるんだろ」
二人は小夜子さんを横切り、そのまま通り過ぎていきました。
小夜子さんといえば、何も言わず腕を組み、無表情で前を見つめたままです。
「必ず潰してやる」
確かにそう聞こえました……。
社長と小夜子さんの間に何があったかは知りませんが、並々ならぬ因縁があることは確かです。
「こんなところで何をやってんの?」
「わっ!」
「ここ、掃除しなきゃならないんだけど」
私が驚いて振り向くと清掃員のおじさんがいました。
何で関係者しかいない場所に私がいるかですって? それもまた別の機会に――。
☆★☆
「イ、イタタタ……」
翌日、オフィスでは加納さんが頭を抱えていました。
どうやら祝勝会で飲み過ぎたようです。二日酔いの頭痛で苦しんでいました。
「加納君、まだまだだね」
「山村さんは平気なんっスか?」
「酒は飲んでも飲まれるな、用法用量はキチンと守っているからね」
「ZZZZZ……」
「野室さん寝てるし……」
祝勝会は粟橋さんが行く、いきつけのカラオケバー『しゃんそん』で行われ、みんな楽しんだようです。
「岡本……あの覆面もそうだが――来なかっただろ?」
(うっ……酒臭い!)
「試合も祝勝会も来ないなんて……うぇっぷ……薄情だろ」
「え、えーっと……私用があって……」
「男か?」
「へっ?」
「そんなもんに現抜かすな! うちにとって大事な試合だ! それと飲み会も!」
「そ、そんな、それに私にはまだ……」
粟橋さんはまだ酔いが残っているようです。
そんな粟橋さんに山村さんはペットボトルの水を差し出します。
「はい、そこまで。アルハラ、パワハラ、セクハラだよ、粟橋さん」
「ちぇッ……それより社長はどこにいったんだよ。それにあの新人も」
「覆面ちゃんは社長の研修を受けているよ」
「け、研修!?」
「うん。一緒にシラヌヒ・ストアの本社に向かったよ」
「それって研修なのかよ」
「一応ね」
シラヌヒ・ストア。
紫雲電機が販売契約を結ぶ、大手通信販売会社です。
実は最近、この会社とはひと悶着がございまして――。
「気になるな……岡本、シラヌヒ・ストアに行って様子を見てこい」
「えっ! 私がですか!?」
「俺はこんな状態で動けないんだ!」
粟橋さんの無茶ぶりです。いきなりアポなしで凸しろだなんて……。
そうだ山村さんなら――。
「い、いない……」
☆★☆
「商品の値引きをされては困ります」
シラヌヒ・ストアの社長室。
ここは異様な内装をしています。壁から床から全てがオレンジ色でした。
それに椅子も机も暖色系で統一、正面の壁には『甜言蜜語』と書かれた額が飾られていました。
「ヌヒヒヒッ! 消費者は常に安いものを望んでいるんだよねん!」
大きなソファーにどっかりと大きな人が座っています。
服装は黒いスーツ、肩にはオレンジ色のマフラーをかけていました。
風変わりな人でした。まず柑橘類――デコポンをイメージしたマスクを被ってました。
彼の名は
「大量に買ってあげるからさ、いいじゃないの」
「納得できません!」
今もめているのは、シラヌヒ・ストアが紫雲電機の商品を希望価格から20%引きで販売することを提案したからです。
困りました。我が社はまだまだ小さいですし、部品製造を行う下請け業者にも迷惑をかける形になってしまうからです。
「えらく強気だね~~だいたいさ、そこのマスクマンは誰だい?」
「こいつは新入社員で……」
「ヌヒッ! 社会常識が欠けるね」
清巳さんの言葉にシュハリが突っ込みます。
「いや、お前もマスク被ってンじゃん」
「これがボクの顔なんだよォ~~ん!」
「みちのくな人みたいなことをいうね。説明しとくと、私は社長のボディガードとして来たんだ――つーか、この人は帰してやれよ」
「アポなし凸は迷惑系だからねェェェんッ!」
ご察しでしょうが、私もこの部屋に連れて来られています。
アポなしでお伺いしたのがまずかったようで……屈強な男の人に連行され、ここに案内されました。
このシラヌヒ・ストアの社員は全員、清巳さんが運営するオレンジプロレスのレスラーなのです。
云わば、私達が今置かれている状況は『交渉という名の軟禁状態』でして……。
「ハイといえばいいだろコラ」
「社長のセールストークで完売させるからよ」
二人の男性は滑舌が悪くよく聞き取れませんが、
「ここだけは譲れねェ!」
社長はハッキリと断ります。
清巳さんはそれを聞いて溜息をつきました。
「フゥ……信州、源龍、潰れたオレンジしてやりな」
「何がやりたいんだよコラ!」
「俺達を恨むなよ!」
「えっ……ちょ、ちょっと!?」
屈強な二人の男が社長に襲いかかりますが――。
――ドッ!
一瞬で倒されました。
「いい加減にしろよ、タココラ」
シュハリが社長を護ったのです。