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第3話:アスパラさんと愉快な仲間達

 デビュー戦は見事勝利、観客席にいる紫雲電機の社員さん達は大喜び。


「はァ……勝ったか」


 社長はほっと胸を撫で下ろします。

 そして、モニターに映るシュハリに話しかけました。


「ナイスファイト! 流石だな、ル――」


 社長がシュハリの本名を言おうとした時でした。

 シュハリは口元に指を置きます。


「誰かが聞いているかもしれない」

「そうだな。ここはビジターだ」


 どうやら名前は伏せておきたい様子です。

 それもそのはず、人知れず社長とシュハリの会話を聞いていた人がいました。


(ビジターね……よくわかってる)


 ドームの仄暗い部屋。

 ここには数多くのモニターがあり、各場所を中継しています。

 そこでモニターを凝視する女性がいました。

 ロングパーマの白衣姿でスレンダーな体型、知らない人が見たら女優かモデルと見間違うでしょう。

 彼女の名前は飛鳥馬あすま小夜子。

 日本最大の重工業メーカー『アスマエレクトニック』の技術主任。

 そして、このサムライドームの施設責任者でもあります。


「まさか、彼らが出るとは……」


 その傍には大柄な男性がいます。

 黒髪短髪、スポーティでワイルドな印象を受けます。

 服装は黒いスーツに黒いYシャツと『黒』で統一されていました。


「そうね黒澤」


 黒澤――名は体を表すとはこのことです。

 手も足も太く、指も太い。明王像のように直立不動で社長達を凝視しています。

 黒澤大吾、BU-ROADバトルの世界王者です。


「覚悟してもらうわよ――蓮也さん」


 小夜子さんは社長の顔を見てほくそ笑みます。


「私はあなたを許さないから」


 アスマエレクトニック――優秀なファイターと高性能の機体を多数所有。

 そして、何よりBU-ROADバトルの最大のスポンサーです。

 社長、何やら小夜子さんと因縁がありそうですが大丈夫ですか?

 何だか、一番敵に回してはいけない人に目を付けられていますよ。


☆★☆


 時は少し遡り、デビュー戦前のお話に戻します。


「お、おはようございます!」


 小さなビルのレンタルオフィス。

 ここが紫雲電機の職場です。

 私、岡本いさみはいつも始業の9時ギリギリに到着します。


「9時ジャスト、まあ遅刻じゃあないね」


 細身でツリ目の男性が時計を確認します。

 この人は山村豊さん、ネコっぽい雰囲気で飄々とした方です。


「ハァハァ……」

「走ってきたのかい?」

「は、はい」

「いつもご苦労様――褒められたものじゃないけど」

「す、すみません」


 始業間際の出社は社会人としてマナー違反。わかっているんですが苦手です。

 小さい頃から朝は苦手、それでよく遅刻して両親や先生、先輩に怒られました。

 そんなだらしない私ですから、就職活動も何十社と受けますが連戦連敗。

 大学卒業近くになり、親戚の紹介でやっとここに入社出来たのです。


「あれ、皆さんは?」


 オフィスには山村さん以外誰もいません。

 そもそも社長を含めて、紫雲電機の社員は5人のみ、私を入れると6名しかいない小さな会社です。

 それでよく家電メーカーが務まるな、と思われるでしょうが、紫雲電機は工場を持ちません。

 部品製造など全て外部に委託しているファブレス企業なのです。


 〇ファブレス企業

 生産を行う施設を自社で持たない企業のこと。

 開発や設計、マーケティングを主な業務としている。


「みんな、烈風猛竜ルドラプターのところさ」

「ん?」

「ホラ、今日は大事な発表があるでしょう」


 烈風猛竜ルドラプター――。

 紫雲電機が開発したBU-ROADバトル用のマシンです。

 全高は4.1mで重量は5.5tほど。

 赤い竜をイメージして製作され、設計の殆どは社長一人で行いました。

 ちなみにBU-ROADバトルにはサイズ規定があります。

 全高は3.8mから10m以内、重さは1.5tから10t以内と定めています。


「あっそうか!」


 そうです!

 この烈風猛竜ルドラプターを動かすファイターが遂に決まったのです!


☆★☆


「またギリギリか」

「す、すみません、社長」

「そこに並んでおけ」

「は、はい」


 私は開発室へとやってきました。

 開発室といっても、オフィスから少し離れたところにある大きな倉庫です。


「おはようっス、いさみちゃん」

「おはようございます」


 髪は茶髪、耳にはピアスをした若い男性がフランクに挨拶してくれます。

 この人は加納哲明さん、紫雲電機の男性社員では最年少。

 ちょっと不良ぽい見た目ですがいい人です。


「新人、これ終わったら俺と営業回りに行くぞ」

「えっ……私、広報ですけど」

「広報も営業も似たようなもんだろ。だいたいウチは人手が足りないんだ」


 ガチッとした筋肉質の男性が話しかけます。

 この人は粟橋聡さん、こんな感じの体育会系ですが優しい先輩です。

 何だかんだで面倒見がいいんですよ。

 馴染みのカラオケバーに連れていかれるのはごめんですが。


「蓮也、例のファイターは?」

「もう来ている」


 タメ口で話すのは野室陽彩ひいろさん、いつも眠そうな顔しています。

 お昼休憩はよく寝ている姿を見ます。


「これで全員そろったな」


 社長はツカツカと靴音を鳴らします。

 行き先は倉庫の奥にそびえ立つ赤い竜人――烈風猛竜ルドラプターの前です。


「昨日、登録を済ませた。いよいよ出陣だ」


 紫雲電機がBU-ROADバトルに参戦するのを決めたのは去年。

 商品を作ったのはいいものの、社員の殆どは技術屋ばかりで営業ルートはなし。

 地元の家電量販店に売り込みをかけますが、お店は大手企業との契約がありますので厳しいのが現状です。

 殆どネット販売が主戦場、もっと自社の商品を世に出したい気持ちからBU-ROADバトルに参戦を表明しました。


「まさか、あの世界に戻るなんてな」

「ハハッ! 世の中、どうなるかわからないもんだね」

「あの人が知ったら怒るっスね」

「ふぁ~~、俺らは仕事に嫌気をさして集団退職したからなァ」


 私以外、みんな元々はアスマエレクトニックの技術者でした。

 理由はわかりませんが、社長を中心に5年前に独立したとのことです。

 私ですか? 申し上げにくいのですが、私は地方大学の文学部出身です。

 機械の知識はゼロ、親戚のコネがなければ入社出来なかったでしょう。

 広報という形で配属されていますが、実際は雑用係みたいなものです。


「それでは紹介しよう!」


 社長の合図と共に倉庫内の電気が消えました。

 派手な音楽がかかり、烈風猛竜ルドラプターに照明が当てられます。

 何だか格闘技の入場のようです。


烈風猛竜ルドラプターを動かす――シュハリ君だ!」

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