デビュー戦は見事勝利、観客席にいる紫雲電機の社員さん達は大喜び。
「はァ……勝ったか」
社長はほっと胸を撫で下ろします。
そして、モニターに映るシュハリに話しかけました。
「ナイスファイト! 流石だな、ル――」
社長がシュハリの本名を言おうとした時でした。
シュハリは口元に指を置きます。
「誰かが聞いているかもしれない」
「そうだな。ここはビジターだ」
どうやら名前は伏せておきたい様子です。
それもそのはず、人知れず社長とシュハリの会話を聞いていた人がいました。
(ビジターね……よくわかってる)
ドームの仄暗い部屋。
ここには数多くのモニターがあり、各場所を中継しています。
そこでモニターを凝視する女性がいました。
ロングパーマの白衣姿でスレンダーな体型、知らない人が見たら女優かモデルと見間違うでしょう。
彼女の名前は
日本最大の重工業メーカー『アスマエレクトニック』の技術主任。
そして、このサムライドームの施設責任者でもあります。
「まさか、彼らが出るとは……」
その傍には大柄な男性がいます。
黒髪短髪、スポーティでワイルドな印象を受けます。
服装は黒いスーツに黒いYシャツと『黒』で統一されていました。
「そうね黒澤」
黒澤――名は体を表すとはこのことです。
手も足も太く、指も太い。明王像のように直立不動で社長達を凝視しています。
黒澤大吾、BU-ROADバトルの世界王者です。
「覚悟してもらうわよ――蓮也さん」
小夜子さんは社長の顔を見てほくそ笑みます。
「私はあなたを許さないから」
アスマエレクトニック――優秀なファイターと高性能の機体を多数所有。
そして、何よりBU-ROADバトルの最大のスポンサーです。
社長、何やら小夜子さんと因縁がありそうですが大丈夫ですか?
何だか、一番敵に回してはいけない人に目を付けられていますよ。
☆★☆
時は少し遡り、デビュー戦前のお話に戻します。
「お、おはようございます!」
小さなビルのレンタルオフィス。
ここが紫雲電機の職場です。
私、岡本いさみはいつも始業の9時ギリギリに到着します。
「9時ジャスト、まあ遅刻じゃあないね」
細身でツリ目の男性が時計を確認します。
この人は山村豊さん、ネコっぽい雰囲気で飄々とした方です。
「ハァハァ……」
「走ってきたのかい?」
「は、はい」
「いつもご苦労様――褒められたものじゃないけど」
「す、すみません」
始業間際の出社は社会人としてマナー違反。わかっているんですが苦手です。
小さい頃から朝は苦手、それでよく遅刻して両親や先生、先輩に怒られました。
そんなだらしない私ですから、就職活動も何十社と受けますが連戦連敗。
大学卒業近くになり、親戚の紹介でやっとここに入社出来たのです。
「あれ、皆さんは?」
オフィスには山村さん以外誰もいません。
そもそも社長を含めて、紫雲電機の社員は5人のみ、私を入れると6名しかいない小さな会社です。
それでよく家電メーカーが務まるな、と思われるでしょうが、紫雲電機は工場を持ちません。
部品製造など全て外部に委託しているファブレス企業なのです。
〇ファブレス企業
生産を行う施設を自社で持たない企業のこと。
開発や設計、マーケティングを主な業務としている。
「みんな、
「ん?」
「ホラ、今日は大事な発表があるでしょう」
紫雲電機が開発したBU-ROADバトル用のマシンです。
全高は4.1mで重量は5.5tほど。
赤い竜をイメージして製作され、設計の殆どは社長一人で行いました。
ちなみにBU-ROADバトルにはサイズ規定があります。
全高は3.8mから10m以内、重さは1.5tから10t以内と定めています。
「あっそうか!」
そうです!
この
☆★☆
「またギリギリか」
「す、すみません、社長」
「そこに並んでおけ」
「は、はい」
私は開発室へとやってきました。
開発室といっても、オフィスから少し離れたところにある大きな倉庫です。
「おはようっス、いさみちゃん」
「おはようございます」
髪は茶髪、耳にはピアスをした若い男性がフランクに挨拶してくれます。
この人は加納哲明さん、紫雲電機の男性社員では最年少。
ちょっと不良ぽい見た目ですがいい人です。
「新人、これ終わったら俺と営業回りに行くぞ」
「えっ……私、広報ですけど」
「広報も営業も似たようなもんだろ。だいたいウチは人手が足りないんだ」
ガチッとした筋肉質の男性が話しかけます。
この人は粟橋聡さん、こんな感じの体育会系ですが優しい先輩です。
何だかんだで面倒見がいいんですよ。
馴染みのカラオケバーに連れていかれるのはごめんですが。
「蓮也、例のファイターは?」
「もう来ている」
タメ口で話すのは野室
お昼休憩はよく寝ている姿を見ます。
「これで全員そろったな」
社長はツカツカと靴音を鳴らします。
行き先は倉庫の奥にそびえ立つ赤い竜人――
「昨日、登録を済ませた。いよいよ出陣だ」
紫雲電機がBU-ROADバトルに参戦するのを決めたのは去年。
商品を作ったのはいいものの、社員の殆どは技術屋ばかりで営業ルートはなし。
地元の家電量販店に売り込みをかけますが、お店は大手企業との契約がありますので厳しいのが現状です。
殆どネット販売が主戦場、もっと自社の商品を世に出したい気持ちからBU-ROADバトルに参戦を表明しました。
「まさか、あの世界に戻るなんてな」
「ハハッ! 世の中、どうなるかわからないもんだね」
「あの人が知ったら怒るっスね」
「ふぁ~~、俺らは仕事に嫌気をさして集団退職したからなァ」
私以外、みんな元々はアスマエレクトニックの技術者でした。
理由はわかりませんが、社長を中心に5年前に独立したとのことです。
私ですか? 申し上げにくいのですが、私は地方大学の文学部出身です。
機械の知識はゼロ、親戚のコネがなければ入社出来なかったでしょう。
広報という形で配属されていますが、実際は雑用係みたいなものです。
「それでは紹介しよう!」
社長の合図と共に倉庫内の電気が消えました。
派手な音楽がかかり、
何だか格闘技の入場のようです。
「