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校舎裏の決闘

「ちっ、次の授業薬学かよ。だりぃ」


 やたら厳しく威圧的なことから、生徒の多くからも嫌われている薬学教授の顔を思い浮かべ、陰鬱な気分になる。


「本当ですね。フレキ家のエリートたるガウト様に薬学の知識なんて必要ないってことが分からないんでしょうか」


 隣でわざとらしい共感を示しているのは付き人役のゲイリー。俺様の太鼓持ちをすることでしか生きていけない可愛い奴だ。


 おっと、自己紹介がまだだったな。本来なら貴様らのような低級たちに名乗ってやることなどないんだが。まあ今回は特別だ。


 俺様の名はガウト=フレキ。王族たるフレキ家の次期後継者、つまりは後の国王となる男だ。現国王である父上の意向もあり、ここ王立魔法学校へ通っている。国中のエリートたちが集められた超名門校。まあ俺様からしてみれば低級の奴らばかりだがな。


 おっと、もうこんな時間か。まったく気は進まないが、あの教授のつまらない話でも聞きにいってやるとするか。


 ***


 分かってはいたことだが、あいもかわらずあの教授の授業はつまらない。板書はゲイリーに任せ、周囲の奴らと雑談するぐらいしかすることがない。


「授業が聞こえないので、少し静かにしてくれません?」


 雑談に盛り上がっていると、右隣に座っていた女子生徒から注意を受けてしまった。低級の分際で生意気な女だ。


「フン、低級の分際でいっちょ前に優等生気取りか? あんな教授の話聞かされるより有意義だろう?」


「はぁ? 私はあなたの気色悪い声なんかじゃなくて○○先生の素敵なお声が聞きたいんですけど。せっかくのお声にゴミが混ざって不快なんで黙っててくれます?」


 あの嫌われ者の教授のファンとは、世の中変わった奴もいたものだ。フン、よく見ればなかなか悪くない容姿をしているじゃないか。どれ、一つ泣き顔でも拝んでやることにしよう。決闘でもふっかけてボロボロに打ち負かしてやり、全校生徒の前で大恥をかかせてやるのがいいか。


「この俺様にそんな口の利き方をして、どうなるか分かっているのか? いいか? 放課後、校舎裏の決闘場に来い。まさか逃げるとは言わないよな? まあせいぜい今のうちに自分の発言を悔い改めておくことだな」


 女は俺様の挑発に乗るような気配もなく「はぁ……」と侮蔑の目線を向けてため息をつく。どこまでも生意気な女だ。


 まあいい。そんな態度でいられるのも今のうちだけだ。


 ***


 放課後、校舎裏の決闘場。リングの周辺には、多くの生徒が娯楽を求め観戦に訪れていた。


 あの女はどうせ尻尾を巻いて逃げ出すだろう。それならそれで、ここに集まった多くの生徒の前でアイツは腰抜けだとそしってやればいい。そんな風に考えていたが、意外にもあの女は約束通り現れた。制服の首元からのぞく白いフードを被ってその顔を隠している。


「ほう。まさか逃げずに来るとはな。その勇気だけは褒めてやるよ」


「まさか自分が来いって言ったくせに忘れたんですか? 私、あなたと違って暇じゃないので、さっさと終わらせてあげますね」


 相変わらず口の減らない女だ。


「フン、そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだ。まあせいぜいいい声で啼いてくれよ」


 俺たちがそれぞれ位置につくと、会場の持ち上がりはピークに達する。


 まずはそのフードでも引き裂いてやることにするか。杖を構え、小手調べ代わりに女のフードめがけ、「引き裂き」の呪文を放つ。


 しかし、その攻撃は女に軽く払われてしまう。なるほど。生意気な口を利くだけのことはある。


 ならば、少し痛い目に遭わせてやるとしよう。フレキ家秘伝の上級雷撃魔法「極神の雷霆」コイツをお見舞いしてくれる。


「はぁ……。私、暇じゃないって言いましたよね?」


 俺が呪文の詠唱を始めると、女はそう冷たく言い放ち、詠唱もなく水色の光線を放った。その素早い不意打ちにとっさに対応できず、まともにくらってしまう。


 くっ、油断しすぎたか……。しかし、痛くも痒くもない。


なんだ、ただのハッタリかブヒィ?」


 ん? 自分の声に感じる強烈な違和感。


 その違和感を飲み込むのも待たず、今度は何もしていないのに視界が下へ下へと下がっていく。まるで自分が縮んでいるかのように。


 異変はとどまることなく、矢継ぎ早に襲いかかる。次は後ろ足で自らの体重を支えることができなくなり、そのまま四つん這いに倒れ込まざるを得なくなる。その際、地に着いた前足を見てみると、そこにあったものは見慣れた人間の手ではなく、あるはずのない偶蹄目の蹄であった。


 肥大化していく胴体は「お前に服など必要ない」と言わんばかりに、身につけていた制服を容赦なく引きちぎっていく。フレキの家紋である狼の紋章も、無惨に引きちぎられ、散らばっていった。


 観客達はしばらくあっけにとられた様子であったが、状況を飲み込むと歓喜・賞賛・嘲笑など、それぞれ思い思いの声を上げ出す。


「心配しなくても、三時間ぐらいで元に戻れますよ。せっかくの機会なので、しばらく豚の気持ちでも味わってみたらどうですか?」


 女は冷たく言い放つと、俺様の方には目もくれずに踵を返す。


待てブヒ! まだ勝負は終わっていないブヒィ!」


 俺様の必死な訴え啼き声にも耳すら貸さず、女は校舎裏の森、通称「迷いの森」の方へと消えていった。


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