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別れの色は優しき青

 秋も深まり、冬の足跡が聞こえてくる時節。


 肌寒さをその身で感じながら、6年前の今頃のことを思い返す。あのときは自分のせいで席を追われる者がいることなんて、露ほども考えていなかった。


 球団から告げられたのは、来期構想外の通告。早い話がクビの宣告だ。


 別に「なんで俺が」とか「まだやれる」なんて感情もない。自身の成績がその理由を雄弁に物語っている。


 6年前は誰かの席を奪う側だった俺も、気付けば奪われる側となっていた。


 木枯らしに吹かれて凍えながら、自分のプロ野球人生を振り返る。


 2年目にして15本のホームランを放った俺。この時は「将来のスター候補」だとメディアにも取り沙汰されていた。正直「プロの世界もこの程度か」と天狗になっていた。


 給料は一気に跳ね上がり、今までは考えられなかったような贅沢も覚えた。先輩に連れられて行ったキャバクラでもちやほやされ、気に入った娘と連絡先も交換し、毎日のように遊び歩いた。


 しかし、迎えた3年目。「好事魔多し」とはこのことを指すのだろう。


 4番サードで迎えた開幕戦。いきなり手首にデッドボールをくらってしまい、激痛でプレイ続行できず、そのまま病院送り。診断結果はまさかの骨折。そのままこの年を棒に振ることとなってしまった。


「まあ怪我ならゆっくり治せばいい」この時はまだそんな風に考えていた。


 治療とリハビリを終え、万全の状態で迎えた4年目。以前の感覚が戻らず、驚くほどに打てない日々が続く。序列も徐々に下がっていき、最終的に待っていたのは二軍行き。その後も一軍に戻ることはできなかった。


 3年目こそプレイ中の怪我が原因だからと手心を加えてもらえたが、この年は容赦なく給料も減額された。この頃だっただろうか? キャバクラの彼女と連絡もつかなくなったのは。


 その後も復活は叶わず、二軍の便利屋要因として都合のいいように使われ続ける日々。そして今日。この日を迎える。


 これからどうするかは、正直まだ何も考えられない。とりあえず、お世話になった人への挨拶だけは済ませておこう。


 両親・監督・コーチ・先輩・後輩……メッセージアプリの連絡先欄をさかのぼりながら、順番に挨拶を済ませていく。


 もうすぐ連絡先の最後の方。既読もつかなくなったキャバ嬢のさらに下。「詩織」。懐かしい名前を見つけた。


 プロ入りが決まったとき、自分のことのように喜んでくれたその泣き顔を思い出す。


 そっとそのアイコンに手を触れると、画面にアップで映し出されたのは、誰かの横で幸せそうな君の笑顔。


 そっとスマホの画面を閉じる。


 あの時の本はすでになくしてしまい、どこへいったかも分からない。もちろん勿忘草のあの栞も……。


 ため息をついて見上げた空の色は、優しい冬の青。清々しいまでのホリゾンブルー。





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