出逢って十年、付き合い始めて五年、私も三十路を過ぎ彼も半年前に仕事で昇進し給料も上がっている。
最近では遠回しではあるが今後の二人についても話しをしているつもりだ。お互いの両親とも顔を合わせているし仲も悪くない。きっと年内に彼の方からプロポーズをしてくると考えていた。
昨日の夜、彼から突然連絡が来た。
『急でごめん。明日会えるかな?』
私はこの文面からいつもの違う何かを感じ取った。私は明日プロポーズをされる。すぐに彼に会えると返信をし、明日のデートの準備を始めた。私にとっても彼にとっても人生の中で一度しかない大切なプロポーズ。私も気合を入れて準備しないといけない。
一通りの準備を終えベットに横になる。目を閉じるがやはり明日のプロポーズのことを考えるとなかなか寝付けない。きっと彼も同じ気持ちだろう。いつかは来ると感じていた瞬間が間もなく訪れる。そう考えただけでまるで心がはしゃいでいるのがわかる。
明日は人生で忘れられない日になる。そう確信していた。
□
車で迎えに来てくれた彼はいつもより言葉数が少なかった。きっと緊張しているのだろう。その分私が明るく声をかける。
「前の日に急に連絡してくるなんて珍しいね。何かあったの?」
「あぁ・・・・・・うん・・・・・・まぁね」
「私も良かったよ何も予定なくて、今日はどこ行くの?」
「いや・・・・・・うん・・・・・・」
「まっ、二人で行ければ何処でもいいけどね」
「ふっ・・・・・・ん」
緊張からか彼の頬に汗が垂れているのがわかる。そうだよね。男性のプロポーズってそれぐらい人生で重大なものだよね。
彼は景色を見ながらいつもよりもゆっくりと車を走らせる。きっとこの光景をこれから忘れないようにしてくれているのだろう。
車はゆっくりと海の近くにある大きな公園の駐車場に止まった。彼が大きく息を吐き車を降りる。ここが、彼の決めていた場所か。
素朴な場所でのプロポーズ、何処か彼らしいと思って思わず微笑んでしまう。
「ちょっとここで待ってて」
そう言って彼は小走りで何処かへ行ってしまった。
「もしかして・・・・・・サプライズ?」
海の見える公園、ちょっと古いけどフラッシュモブ! 周りを見渡すと人も結構いるし可能性はあるかもしれない、彼が戻ってきたら公園にいる全員が踊りだし、最後に海の方から花火が打ち上げられて彼が私の前で膝をついて婚約指輪を渡してくれる。
『結婚しよう』
「はい、よろこんで」
・・・・・・ここまではないにしても彼が一生懸命考えてサプライズをしてくれるのかもしれない。私は海を見ながらこれからの彼との結婚生活を想像していた。子供は何人欲しいかな。専業主婦は時代的に難しいかもしれないけど家族旅行とか年に一回は必ず行きたい。お金持ちじゃないけど楽しく二人で歳をとって行ければいいかな。そんなことを考えていたら後ろから肩を軽く2回ほど叩かれた。
「待たせてごめん」
彼が何かスッキリしたような顔で私を見ている。きっと覚悟が決まったのだろう。右手に何かを持っているのが見えてしまっている。彼は少しドジな所があるから隠し忘れかもしれない。
「あのさ、俺、君との事を真剣に考えたんだ。それで全部伝えないとなってだから今から話すことは真剣に聞いてほしい。いいかな?」
私は何も言わず頷く。
「それじゃあ聞いてほしい」
私は今日、プロポーズされる。幸せになる。
□
僕は今死ぬほど腹が痛い。
昨日の夜に彼女に会いたいと軽い気持ちで連絡したのをマジで後悔している。
前に当日ドタキャンしてバチバチに怒られたことあるからやっぱ無理とも言えないし……
クソめんどくさい。マジでだるい。
彼女の住んでいるマンションにたどり着いた時にはすでに腹痛のピークがきていた。
何やらにこやかに乗ってきて「前の日に急に連絡してくるなんて珍しいね。何かあったの?」と言われた気がするが僕は今ウ○コのことしか頭にない。
脳みそを無にして返事をしているのに今日はやたらと話しかけてきやがる。
あぁ、腹痛い。帰りたい。ウ○コがしたくなると人間のIQは3になるって話しをどこかで聞いたような気がする。
限界中の限界に達したその時、目の前に公園の駐車場を見つけた。
ありがとう神様!
だがアクセルを踏む行為ですら今の僕には自傷行為となりえる。
肛門を引き締めゆっくりと駐車場に入る。
車のキーを抜いて降りると彼女はゆっくりと鞄を漁って降りてこない。
いつもなら可愛いと思う彼女も今は道端に落ちてる酢昆布ぐらいにしか見えない。
早く降りろや!!!
やっと降りたので#彼女__酢昆布__#に一言声をかけてトイレに走る。
走ると言ったが正直俺の肛門ダムは決壊寸前だったので小走りがいいところだ。
駐車場近くのトイレに駆け込みズボンを下ろそうとした瞬間、勝負は決した。
□
彼女が呑気に海を見ている。
俺は右手に持っているものを強く握りしめ、彼女の肩を軽く叩いた。
「待たせてごめん」
振り返った彼女は先程の酢昆布とは似ても似つかない。
「あのさ、僕、君との事を真剣に考えたんだ。それで全部伝えないとなってだから今から話すことは真剣に聞いてほしい。いいかな?」
彼女は何も言わず頷く。
「それじゃあ聞いてほしい」
僕は右手に持っていた自分のボクサーパンツを彼女に差し出した。
「実は少しウ○コを漏らしちゃったんだ。便器までは大丈夫だったんだけどズボンを下ろしたときにボクサーパンツにね。いいかい? 男にはこういう時が年に数回必ず起きる。普通だったら隠しておくことなんだろうけど、君とこれから一生一緒にいたいから話すことにしたよ」
一息。
「近くにしま○らかサ○キがあるはずだから買いに行こう」
僕の言葉を聞き終えた彼女は何故か泣きながら走り去ってしまった。
僕はこの時に感じた。
価値観の差は容易に埋められるものではないと。
僕の右手にあるボクサーパンツだけが海風でヒラヒラと揺れていた。
fin