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取り残された魔法使い
熊雑草
異世界ファンタジー内政・領地経営
2024年11月16日
公開日
2,478文字
完結
魔法使いは研究に一生を捧げ、成果を秘匿し、ダンジョンに研究成果を封印するもの。その考えは正しいのか?

※この作品はカクヨム様にも投稿しています。

とある世界の魔法使いの現実。

 この世界には魔法の力が溢れ、その魔法の力を使って奇跡を起こす才能を持つ者を――人々は魔法使いと呼んでいた。そして、その魔法使いの多くは自分の研究を秘匿する習性があった。

 代々研究成果を受け継ぎ、手を加えて新しい成果を積み重ねる者。

 一人アトリエに篭もり、延々と自分の掲げたテーマを追い続ける者。

 中には組織を作って集団で魔法の力を研究する者もいたが、皆、その成果を表舞台に出そうとしなかった。


 ――そして、魔法使いと呼ばれる者が多く居たのは過去の話になり、今では数を減らして数えるほどしか居なくなった。


 …


 とある森のアトリエ――。

 そこには魔法使いの一人が住み着き、新しい魔法を作成するために五十年隠れ住んでいた。

「……くくく、出来た……」

 自分の魔法研究の成果に薄い笑みを浮かべたその魔法使いは、五十年かけた成果を今しがたクリスタルの中に閉じ込めたばかりだった。

「あとは、これを来るべき者に託すだけだ……」

 長年の研究で肉体の老いを感じつつも、体は達成感に満たされていた。

 強固な封印を施したクリスタルを手の中で弄びながら、彼はもう一度、薄い笑みを浮かべる。

(あとはこの素晴らしい魔法を後世に脈々と受け継がせれば自分の役目は終わり、自分の生きた証を残すことができる)

 地底の奥深くのダンジョンにクリスタルを隠し、体力と知恵、そして、勇気ある者に自分の成果を譲り渡すのだ。歴代の魔法使い達がそうしてきたように、彼もまた、自分の魔法を受け継ぐ資格のある者へ受け継がせようとしていた。

 その最後の仕事に取り掛かるため、彼は腰を上げてダイヤル式の黒電話の側まで歩く。

「昔は魔法使い同士の念話でしか遠距離の通信手段はなかったというのにな」

 そう独り言ちながら、彼は黒電話の受話器を手に取った。

「さて、業者に電話をするか……」

 おぼつかない手で黒電話のダイヤルを回し始め、目的の相手の電話番号を回し終えると彼は受話器を耳に当てた。

 そして、コール音が数回耳に返ってから相手に繋がった。

『重機のレンタル、建設、土木、何でも承ります。○○土木重工です』

「すみません、ダンジョン作製の依頼をしたいのですが」

『え? ダンジョン……ですか?』

「はい」

『……もしかして、魔法使いの方でいらっしゃいますか?』

「そうですが?」

 電話口の先では業者のオペレーターの溜め息が漏れていた。

『正直、魔法使いの方からのご依頼は、ご遠慮したいのですが』

「……は? ど、どういうことですか?」

『時々、あるんですよね……。こういうダンジョン作製の依頼が』

 魔法使いは疑問符を浮かべていた。

 一体、ダンジョンを造ってもらうことの何がいけないのか?

 自分の作った研究成果を後世の――しかも、才能豊かな者に受け継がせて何が困るのか?

 そのようなことが頭の中を駆け巡っている中、受話器から業者のオペレーターの声が聞こえた。

『あのぅ……お客様は世間との繋がりを絶って、一人篭もっていた魔法使いではないですか?』

「そうだが……。それが何か?」

 電話口からは『やっぱり』と言う声に混じって、再び溜め息が漏れていた。

 一拍の沈黙を挟んで、業者のオペレーターからの話が再開される。

『大変言い難いのですが、今の時代、お客様の依頼は迷惑行為になり、国でも規制されております』

「迷惑行為……? しかも、国で規制されている……?」

『はい』

「ダンジョン作製が……か?」

『ええ』

 魔法使いは黒電話の置いてある台を拳で叩いた。

「そんなこと、私は知らないぞ!」

 大きな声を浴びせられながらも、業者のオペレーターは動揺を見せずに答える。

『それはそうでしょう。世俗との連絡を絶ち、自ら情報を絶たれているのですから。知らなくて当然です』

「っ……!」

 魔法使いは右手を額に持っていき、クシャリと前髪を巻き込んで握った。

 一体、五十年の間に何が起きたのか?

 諦めきれずに、彼は聞き返す。

「……何故、そのようなことになっているんだ? 五十年前は――ほら、電話一本でダンジョンを造ってくれたではないか?」

『そう言われましても……』

「……納得がいかない。頼む、理由を教えてくれ」

 魔法使いの懇願に、業者のオペレーターからはなかなか返事が返ってこなかった。

 それでも粘り強く返事が返るのを魔法使いが待っていると、電話口から歯切れの悪い声が返ってきた。

『どうしてもと言うのでお答えしますが……。簡単に言いますと、近隣住民へ被害が出るからです』

「……は? 被害?」

『ダンジョン作製の際の大きな重機の音とか、その後の管理のことです』

「…………」

 魔法使いは思わず押し黙る。

『基本、ダンジョンを造ったあとは皆様死んでしまわれるので、残されたダンジョンがはっきり言って迷惑なんです』

「……迷…惑……だと?」

『はい。騒音のことは想像できると思いますので省きますが、残されたダンジョンの過去の事例ですと、ダンジョンに放ったモンスターが大繁殖したり、老朽化により地盤沈下が発生して周囲の住宅が巻き込まれることなどが挙げられます』

「…………」

『一応、お聞きしますが、お客様は、そんなダンジョンをお望みではないですよね?』

 電話先の言葉に、魔法使いは返答する前に無言で受話器を置いた。

「世知辛いなぁ……」

 魔法使いはがっくりと項垂れ、大きく息を吐くと自分の成果を閉じ込めたクリスタルを目の前に持ってきて呟く。

「結構、使える魔法なんだけどなぁ……。缶のコーンスープとか、おしるこの中身が詰まらないで飲める魔法……」

 たぶん、需要はある。

 あの最後に引っ掛かる一欠片をズゴゴゴゴッ!と音を立てずに一気に飲み干したいとか、缶にへばり付いた内容物を振って確かるのは面倒くさいとか、そう思っている人は居るはずだ。

 だが、ダンジョンを攻略してまで欲しい魔法ではない。


 五十年の月日が流れ、魔法使い達が残したダンジョンは多大な迷惑を掛ける代物へと替わり、しかも、各地には魔法使いが自分の成果を収めるために造ったダンジョンが大量に散在するようになっていた。

 この世界ではそんな魔法ばっかりが溢れかえり、魔法使い達の残したダンジョンは第一級指定除外地域に指定されていた。

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