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しまのこ
綿涙粉緒
現実世界青春学園
2024年11月15日
公開日
2,187文字
連載中
某県の沖に浮かぶ小さな大島。
東京からの転校生の紗枝ちゃんは、そんな島の小学校でちょっと憂鬱。
なぜなら、そこにいたのは……。

ド天然なクラスメイトと先生だったからなのです。

みのうえばなし

 事情があって今絶賛転校生な私、宮崎紗枝。そんな私が今いる場所、それが。


 大島。


 黒潮の真ん中に浮いている、小さな大島。


 一番近い陸に行くのに10時間かかる大島。


 そこの大島分校が、私の通う学校。


 両親が離婚して、母さんにはすでに新しいお相手がいて、意地はって父さんの故郷に二人で来てしまった。


「絶対東京にいたほうがいいんだからね」


 何とか娘をつなぎとめようと力説した母さんの顔が浮かぶ。


 正直、母よあなたは正しかった。


「なぁ、新しい診療所の先生が、お前の父ちゃんだろ」


 無駄にキラキラした瞳で、健太がなれなれしく話しかける。


 所健太。


 同い年。


 絶対、間違ってる。


「そうよ」

「すげー、かっけー」


 何がどうかっけーんだか……。


 妻に捨てられたショックで、大学病院をやめて、こんな文明の砂漠に逃げ帰ってきた男の、どこが?


「あんたのお父さんは、何やってるのよ」


 聞きたくなかったけど、聞き返すのが礼儀な気がする。


「とうちゃんな、イカ釣ってる」


 ……父は、イカ漁師です……っていえないのか、最高学年。


「アキのおとぉさんはねぇ」


 きいてない。


「ねぇ」


 きいてない。


「ねぇぇぇ」


 わかったよぉ。


 君島明子。小学三年生。


 複式学級でクラスメイト。


 性格、しつこい。


「アキちゃんのお父さんは何やってるの?」

「アキのおとぉさんはねぇ」


 はやく言え。


「なまぐそぼーずぅ」


 ぐそっ!


 下品にもほどがある。


「ばぁか、それ言うなら、なまぐさぼーずだろ」


 そうよ健太、今日のあんたは一味違う。


 ……って、いいの、それで?


「そうそう、そのなまぐさぁ」


 いやまぁ、娘本人が良いなら、良いんですけどね。


「じゃあ、うちの父ちゃんは、イカくさぼーずだな」


 イカ臭!!


 それは……いや、それ以前にあんたの父さん坊主じゃないでしょ。


 ……ああ……帰りたい……。


 学校帰りにスタバで道草できる東京にかえりたい。


 ガラガラガラ。


 あ、変な人。


 いや、竹内塁先生。


 父さんが言うには30歳らしいけど、もっと若く見える。


 いつもの白ブラウスにタイトスカート、後ろで束ねただけの髪でそう見えるんだから、ちゃんとしたらもっと若く見えるはずね。


「みんなで何をはなしてるのかなぁ?」

「えっとねぇ、アキのおとぉさんがなまぐさぼーずなの」

「そうね、アキちゃんのお父さんはお葬式がおしごとよねぇ」


 ちがいますよぉ。


「うちのとうちゃんがイカ釣ってて、紗枝の父ちゃんが診療所」


 紗枝だぁ、誰が呼び捨てしていいって言ったのよ。


「何呼び捨てしてんのよ!健太」

「だって、お前がもーんはいやだって」


 その……その二択っすか。


 なら、呼び捨てで。


「いいわよじゃぁそれで」

「そう、みんなでおうちの話してたんだぁ」


 話の流れ!


 ま、良いけどね。


「ねぇ、先生旦那いるよね」


 いるの!


 へぇ、ちょっと意外だ。


「いるわよ」

「旦那は何やってるんだ」


 お前は実家の父親か!


「ええとねぇ」


 注意しろよ、ぜったい社会出て困るんだからね。


「先生の旦那さんはねぇ」


 でもこの話、ちょっと興味あるなぁ。


 離島の、校長も副校長もいない分校で、たった一人で先生やってる人の旦那さん。


 きっと、相当理解のある人に違いない。


「……自由人」


 ……はい?


「先生の旦那さんはね、自由人してるの」


 いやいやいやいや、それは職業とはちが……。


「すげぇ、かっけー」


 カッコよくなぁい!


 お前はなんでもかっけーんだろ?


 あこがれて痛い目見るのはお前だぞ。


「健太君、やめたほうが良いわよ、自由人、大変だから」


 そりゃそうだ。


 主に周りが大変だ。


「ええ、だって自由なんだろ」


 健太はあくまで、あこがれるらしい。


 そんな健太を見て、先生はちょっと遠い眼をして言った。


「ううん、自由人はね、ほんとは一番なにかに縛られて生きているのよ」


 ……深すぎます。


 先生、まだ十代前半の二次性徴真っ只中の私たちには、てか、アキちゃんに至っては、まだ……って、そんなことはどうでもよくて、いくらなんでも年齢一桁の少女にその意味は深すぎますって……。


「そっかぁ、じゃぁやめた」


 はやっ!


「せんせぇ、ねぇ、せんせぇのおしごとはなんなんなん?」


 アキちゃん、矛盾してるよ、答え自分で言ってるよ。


「そうねぇ、なんて言えばいいかしら」


 悩むなよ。教師だよ。


「先生は……」


 だから教師だよ!


「自由人の……オンナ?」


 てぇい!あんたは教師!!


 てか、何で疑問系?


 いやそうじゃなく、て、いや、もう、ボケの量が多すぎてひとりじゃ突っ込みきれない。


「いいなぁ、かっけー、おれもなりてー」


 なれねぇよ!!


 てか、なるな。


「アキもなるぅ」


 いや、アキちゃんは、マジであこがれちゃだめ。


 だめ、絶対。


「よしておきなさい、微笑を……絶やしたくない……ならね」


 深すぎますってば!


「さ、そんなことより授業、授業」


 切り替え早い。


 先生はそう言うと、そそくさと黒板に向かう。


 もう、私、このテンポについていけない。


「あ、ちなみに、紗枝ちゃんはお母さんが離婚していないから、みんなも覚えておいてね」

「ちょ、先生!」


 さすがに声が出た。


 なんてことさらっと言うんだよ、何で、みんなが覚えとく必要があるのよ?


 私の家族の恥を。


 私が、当然の抗議を続けようとしたとき、健太が、また大声を上げた。


「すげーかっけー」


 か……かっこよくなんか……ないわよ。


 かっこいいわけないじゃな……。


「だから紗枝って、大人っぽいんだな、すげーな」


 あ。


「かっけー」


 ばか。


 かっこよくなんかないわよ。


 ばか。


 ちょっと、救われた気がしたじゃない。


 ばか。

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