シンは芹が頑張っていないと思っているようだが、そんな事はない。芹はこう見えて毎日皆の幸せを心の底から願っているような善良な神だ。
「それはさ、彩葉がやってるからお手伝いしてるんでしょ? まぁ今の芹なら彩葉も居るしもう大丈夫かな。芹、君に皆の願いを叶える権利を返すよ。今度こそ正しく使うように。芹山神社をもう一度願い事神社として繁栄させると良い」
「!」
シンの言葉に思わず私達は顔を見合わせた。
いや、芹以外が顔を見合わせる。
「断る」
「は?」
「え?」
芹の言葉に思わず私達の声が重なった。何故? 思わず芹を見上げると、芹はおもむろに私の肩を抱いて自分の方に引き寄せて自信満々に言う。
「私はこれから縁結びの神になる」
「……正気?」
「正気だとも。ムックや由紀、咲や二条達の縁を繋いでいて思ったが、あれは良い。私はこれから愛の神を名乗ろうと思う」
「あー……ごめん、彩葉。通訳して。もう僕には芹が何を考えているのかさっぱりだ」
シンはとうとう匙を投げてしまったのか、呆れた様子で私を見つめてくる。
「つ、通訳? えっと……芹様、今度は何の映画に感銘を受けたんですか?」
「ラブ・アクチュアリーだ」
「あ、なるほど。えっと、芹様は色んな愛にまつわるオムニバス映画を見て何かに目覚めちゃったみたいです」
芹らしいと言えば芹らしいが、次に続いたシンの言葉に私は激しく同意してしまう。
「ねぇ、映画で自分の未来決めるの止めない?」
「何故だ。映画は良い。あれは現代の最高傑作だ」
「……ま、好きにしなよ。ただ縁繋ぎは難しいからね? 縁切りを頼んでくる人もいるし、逆に略奪を頼んでくる奴も居る。そういうの裁けるの?」
「安心してくれ。昔と違ってもう心が動かない願いは叶えない。叶えられない。私は彩葉を見ていて色々と学んだ。誰かを傷つける願いは願いではない。そして願いは、手助け程度に留めものだ」
芹ははっきりと言い切って私を何故か膝の上に抱え上げる。
「いや、目の前でいちゃつくの止めてくれる?」
「私の話は以上だ。土地神、今日私達は結婚をしたんだぞ? 言わば初夜だ。貴重なこの日に何故私はあなたの説教を聞かなければならないんだ?」
確かにそれはその通りである。目出度いこの日に何故責められるのかという芹の気持ちは痛い程よく分かるが、それと同じぐらいトンチンカンな芹の態度に憤るシンの気持ちも少しだけ分かる。
案の定シンは何かモヤモヤしているのか、髪をかき乱して立ち上がった。
「それはそうだけども! それじゃあ続きはまた今度! お幸せに!」
「ああ。愛の神が一番最初にいつまでも片思いをしている哀れな土地神の縁を繋いでやろう。楽しみにしていてくれ」
「……それはどーも! 帰るよ、梅華」
「はい。皆様、お茶をご馳走様でした。それから芹様、彩葉さん、末永くお幸せに」
「ありがとうございます! 梅華さんもどうか、そろそろご自分の気持ちに素直になってくださいね」
笑顔で梅華に言うと、梅華は身体をくねらせて照れたように本殿から出て行ってしまった。
「あ、ちょ! もう! じゃね、芹」
「ああ。土地神!」
「なに?」
「ありがとう。私を……創ってくれて」
芹はシンに向かって深々と頭を下げた。そんな芹をシンはしばらく呆気に取られたような顔をして見ていたが、やがて優しく微笑む。
「どういたしまして。いつまでも幸せにね」
「ああ。あなたも」
二人の穏やかな声はどこまでも澄み渡り、いつまでも響いていた。
それから私達は結婚初夜だと言うのに何故か皆で囲炉裏を囲んでホラーを見る羽目になり(テレビがいつの間にかリビングに移動されていた!)、相変わらず私は芹に抱きついているうちに夜も更けていった。
寝室に戻ると芹が私をそっとベッドに下ろしてくれるが、ホラーが怖すぎた私としては片時も離れたくない訳で。
「芹様、どこ行くんですか?」
「どこにも行かない。着替えるだけだ」
「いいです。着替えとかそんなの良いからここに居て」
「……それは誘っているのか? それとも怖いのか?」
「ど、どっちも」
怖いものは怖いしイチャイチャもしたい。ワガママな私の意見に芹が笑いながらベッドに上がってくる。
「そうか。どちらもか。では今日はもう朝まで離さなくて良いか?」
どこか挑発するような目で私を見下ろしてくる芹に私は未だに慣れなくてドキドキする。そんな芹に私は目を泳がせて答えた。
「ほ、程々の所で休憩を挟んでくれるなら」
私の答えに芹は笑みを浮かべて深く口付けてきたかと思うと、ふと私の顔を覗き込んで笑う。
「承知した」
輝くような芹の笑顔を見て芹の首に腕を回すと、もう何度目か分からない告白をする。
「芹様、大好き。愛してる」
「ああ、私もだ。彩葉、愛している」
芹の甘くて低い声が、じんわりと私の中に染み込んできた。
『芹山神社。
都心から離れた小さな村にある知る人ぞ知るこの神社は、昔はとても有名な一願神社だったが、ある天災のせいで神社は廃神社にまで追い込まれてしまい、村の人たちの尽力で辛うじて廃神社になる事は免れていた。
ある時、芹山神社に突如として姿を現した巫女がいる。彼女はたった1人で芹山神社の復興を成功させ、その生涯を最愛の夫と共に芹山神社に捧げた。
夫婦は大変仲が良く、いつしか芹山神社は一願神社ではなく縁結び神社として有名になり、今日までその評判は留まる所を知らない。そんな芹山神社には不思議な言い伝えがあり、巫女の夫は巫女の死後、忽然と神社からその姿を消したそうだ。この事から、実は巫女の夫こそが芹山神社の神だったのではないかと言い伝えられている』
「えー! 超ホラーじゃん!」
「なんでよ! めっちゃ愛じゃん! 巫女の事が好きすぎて人間の振りして生きてたんだよ!?」
「怖いって! あ、袋大丈夫です」
「うーん、やっぱこっちの糸の輪も買おうかな。……うん、やっぱ買う!」
制服を着た女子高生が財布から小銭を出して、私に手渡してくる。
何だか懐かしくて思わず微笑んだ私を見て、二人は一瞬黙り込んだ。
「ようこそお参りでした。素敵な縁に出会えますように」
私の言葉に女子高生は一瞬ポカンとして、逃げるように頬を染めて境内から出ていってしまった。
「彩葉。そろそろ店じまいだ」
「芹様! はい!」
社務所の外から声をかけられて顔を出すと、本殿から芹が手招きしている。
休憩が終わったら社務所の後片付けと境内の掃除だ。その後は芹と買い物に出掛け、夕食の準備である。
「
当帰というのは息子だ。1年前に生まれたばかりの、まだ赤ん坊である。既に芹にそっくりで、絶対に美しい子になると神々の間でも評判だ。
「そうですか、助かります。芹様、ご飯食べましょ!」
「ああ。温めてくる」
「お願いします」
私はそう言って芹を見送り社務所から出て鍵をかけると、大きく伸びをした。
空は晴れ渡り、日差しが暖かくて気持ちが良い。
遠い日の友人たちは今日も空の上で幸せに暮らしているだろうか。
当時の事を思い出すと今でも少しだけ切なくなるが、今はまた違う友人達に囲まれて楽しくしている。
「彩葉、冷めるぞ」
「今行きます!」
私は芹の元へ駆けた。そんな私を見て芹はいつも眩しそうに愛おしそうに目を細める。そんな顔を見ると未だに私はときめくのだ。
芹を好きになってから、芹にときめかない日なんて一度もない。毎日毎日私はあの神に恋をしていて、愛は募るばかりだ。
巫女の仕事は大変だ。これから芹が居なくなるその日まで、ずっと芹に愛され共にここを守らなければならないのだから。
けれど後悔はしていない。私はそれ以上の幸せを、愛を手に入れたのだから。
完