「芹様はもしかして、こうなる事が分かっていましたか?」
その答え合わせをするべく芹を見上げると、芹は私を見下ろして、ふ、と微笑んだ。
「さあな。どうだと思う?」
「……意地悪」
「答えはもう知っている筈だ。お前がここへやってきた瞬間から、私達の縁は永遠に繋がった。言っただろう? お前は私の為に生まれてきたのだと」
やっぱりそうだ。芹にはこの未来が見えていたのだ。最初から。
だからあの時、全てを投げ出して逃げ出そうとした私に怒ったに違いない。
あの時の私は茫然自失で何もかもを諦めていた。だから自分の前に新たに輝いていた未来に気付かなかったのだ。それを芹は見ろと言ってくれた。
わざと私を脅し、私が未来を選び掴むまでずっと、その道を照らしてくれていたのだ。
それに気付いた私は思わず芹に一歩近づき、その胸に身体を預けた。
そんな私達を見て狐達はギョッとしているし、芹原神社からついてきた宮司達も慌てているが、そんな事もうどうでも良い。
私を咎める人は居ない。だって私は今日、神様に嫁いだのだから。
芹はそんな私をそっと抱きとめて言う。
「どうした? まだ式は終わってはいないぞ」
「分かってます。でもこれだけは言いたくて。芹様、私の道を照らしてくれてありがとうございました。あなたのおかげで傷だらけの雛は傷を癒やし、ようやく飛び立つことが出来ました。そして今日、ようやく私は胸を張ってあなたの妻になる事が出来ます。これからも、どうぞ末永くよろしくお願いします」
私は芹の事を心から尊敬している。愛している。だからどうしてもお礼が言いたかった。
そんな私の言葉が芹にどんな風に響いたかは分からないけれど、芹は無言で私を抱きしめて俯いた。
その仕草が、私を抱きしめる力加減が、何かを堪えるような芹の息遣いが全てを物語っている。自惚れる訳ではないが、私が愛しくて仕方ないのだと。
その瞬間、まるで時が止まったかのように境内は静まり返った。
どれぐらいそうしていたのか、あちこちから拍手が聞こえてきて私はようやく我に返る。そうだ。まだ結婚式の途中だったのだ、と。
結婚式が終わったのは夕方で、最後は皆にちょっとした引き出物を渡して解散した。残ったのは身内だけだ。と言ってもシンと梅華だけだが。
「芹様の本殿には初めて入りますねぇ」
「僕も初めて。へぇ、結局純和風にしたんだね」
「はい! やっぱりこの方が落ち着くなって。結婚したら私の理想の部屋を創るって言ってくれてたんですけど、それは寝室だけにしてもらいました」
本殿に入ってすぐの部屋は相変わらず囲炉裏が真ん中に鎮座していて、木の香りがする純和風だ。
けれど私達の寝室はと言うと——。
「西洋の蚊帳は良いぞ。ベッドもなかなかだ」
「芹様! あれは蚊帳ではなくて天蓋です!」
大体同じような物だが、何だか天蓋と蚊帳では響きが違う! 抗議する私を見て芹は目を細めた。
「そうだった。蚊帳ではない。天蓋だ」
「芹さ、もう既に彩葉に振り回されてない?」
「いけないのか? 彩葉は無茶を言わないし、私はこれで満足しているが」
「や、ならいいんだけどさ。あの芹が結婚式だもんなぁ。天では今日はお祭りだろうけど、同じぐらいヘコんでる奴多そう」
苦笑いを浮かべてそんな事を言うシンの膝を梅華が尻尾でぺちりと叩く。
「シン様、いけませんよ。花嫁の前です」
「ごめんごめん。でもさ、今年の神在祭は覚悟しなよ? 芹」
「分かっている。それに今年はちゃんと参加するつもりだ」
そんな芹の反応にシンが驚いたように目を丸くして芹を見つめた。
「何故そんなに驚く? 当然だろう。もちろん、妻同伴で行くぞ」
「え、本気?」
「本気だとも。この間見た映画でそれまで独身を貫いていた男が街一番の美女と結婚してそれまで男を馬鹿にしていた奴らを見返すというのがあったんだ。私はあれに感銘を受けた」
「そ、その話のどこに感銘を受ける要素があるの?」
「男は死に物狂いで努力し、妻を手に入れた。私と良く似ている」
「……そうかな。君は特に何の努力も無しに今の地位を手に入れた気がするけど……」
シンの戸惑ったような言葉に狐達はおろか、思わず私まで頷いてしまうが、本人は至って大真面目だ。
「ま、まぁ彩葉の為には努力していました! 多分!」
「そうですよ、土地神。芹様は彩葉の事に関してだけはいつも頑張っています」
「……神様なのに? 自分の妻にだけ頑張るの? それって神様失格じゃない?」
「……」
「そ、そんな事はありませんよ! 土地神様! 芹様はいつも私と一緒に村の人達のお悩み解決頑張ってくれてます!」