部屋から出た二人を見て笑っていると、細田がニカっと笑った。
「あれでも本人は手伝ってるつもりなんだ。ムックの時には手も足も出せなかったから、裕也も優もはりきってんだよ」
「分かってるよ。裕也くんが楽しそうで良かった。ところで優君、まだケーキ作ってくれてるの?」
「そー。今朝になって突然閃いた! とか言ってマジパンこねだしてさ~。あいつマジで馬鹿だよ。間に合わねっての」
「健ちゃん達も手伝ってくれてるしきっと間に合うよ! でも結婚するのは私が一番早いと思ってたのに、由紀もムックも先に結婚しちゃうんだもんなぁ。びっくりしたんだからね!」
「ははは! 私はデキ婚だけど、ムックはビックリだったよな。聞いたか? あいつらの出会い!」
「聞いた。そんなおとぎ話みたいな事あるの!? って驚いた」
「だよな! お、呼び出しだ。ちょっと行ってくる! ビャッコ、あとは頼んだぞ」
「ええ。ウチに任せなさい」
それだけ言って細田は部屋を出て行った。
椋浦はあのクリスマスで念願の塾の人と上手くいったのだが、大学に進んでお互い忙しくなり、結局破局してしまった。その後、椋浦はある企業の秘書となったのだが、そこで先輩たちに虐められて身も心もボロボロになっていた所を、たまたま視察に来ていた本部のCEOに見初められ、あれよあれよという間に結婚してしまったのだ。
「あれは芹様が仕組んだのですよ、彩葉」
ビャッコはそれまでずっと無言で私の白無垢を整えてくれていたが、突然笑いを噛み殺して話しかけてきた。
「そうなんですか?」
「ええ。ムックは性根も良くて愛情深い娘ですが、どうにも要領が悪いのです。このままでは良からぬ男に誑かされてしまうと危惧した芹様が、あの男との出会いを仕組んだのです。一方、あの男は愛に飢えていました。とても良いマッチングだったと思います」
「そうだったんですね!」
それを聞いて私は心の中で芹に何度も何度もお礼を言った。
彼氏と別れた時、もう立ち上がれないと言いながらいつも私と芹の心配ばかりしていた椋浦だ。そんな椋浦には絶対に幸せになってほしかった。
「それから由紀もですよ。あの二人には何度も危機が起こりました。その度に芹様は二人の縁を繋ぎ直したのです。彩葉のように」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。少しだけ手助けをする。彩葉が教えてくれたのだ。なんて言ってまだるっこしい事をしていましたよ。まぁ、最終的に見かねた土地神が子どもを授けさせましたが」
最後は随分と力技だが、それを聞いて私は納得した。細田の悩みは優が全然ガツガツ来ないというものだったのだ。
優に言わせれば、ケーキ職人としてまだ半人前の自分がプロポーズなんて出来ないという理由だったのだが、細田はそんな優を支えたいと常々思っていたという。半ば強制的に子どもが生まれた事で、二人の絆は驚く程強くなった。
「それじゃあもしかして咲ちゃんも……」
咲は私と同じように他県の大学に通っていたが、私とは違い通いだった。そんな咲は卒業と同時にまさかの拓海と婚約をしたのだ。
「あれは……誰にも内緒ですよ?」
「え、はい。何ですか?」
「彩葉がこちらに戻るという事で、芹様がご自分の都合であの二人をまとめたのです」
「えっ!? ど、どういう事ですか!?」
「そりゃ理由は一つしか無いでしょう? あなたがここへ戻り、村には若い男が1人居る。何かあったら大変だと思ったのですよ、きっと」
「そ、そんな理由で……」
「まぁ、あの二人は元々お互いに好意を寄せていましたから遅かれ早かれくっついてはいたでしょうが、芹様は重大な禁忌を犯したんです」
「だ、大丈夫なんですよね?」
「問題ありません。表向きにはただの縁繋ぎですから。そこに芹様の意図があったかどうかは、誰にも言わなければ分かりません」
それを聞いて私はホッと胸を撫で下ろした。
「もう……あんまりヒヤヒヤさせないでくださいよ」
私の言葉にビャッコがおかしそうに肩を揺らす。
「あの方のする事は今やそのほとんどが彩葉の為です。だから彩葉、これからも今までのように正しくありなさい。芹様に仕える神使として、巫女の先輩としてこれが最後の助言です」
ビャッコの声に私は涙を堪えて頷いた。
「はい……心に刻みます」
「ええ。ところでそれはそれとして、特注のケーキはまだですか? 優はまだマジパンとやらをこねているのですか? ウチはそのケーキを楽しみにしているのです!」
「……まだです。もうちょっとの我慢です」
せっかく感動していたのに、最後の最後には相変わらずのビャッコだ。
その時、頭の中に突然芹の声が聞こえてきた。
『彩葉、居るか?』
突然の呼びかけに私が辺りを見渡すと、窓の外にテンコが居てそこから部屋に侵入してくる。