聞いていない。何も聞いていない!
私は急いで部屋に戻って芹に電話をした。すると芹は着信音が鳴り響く中、突然目の前に姿を現す。
いや、まずは電話に出て欲しい。
そう思いながら目の前に現れた芹を見上げると、芹は「なんだ?」とでも言いたげにこちらを見下ろしてくる。
「えっと、芹様。少し聞きたい事があるのですが」
「ああ」
「あの、このマンションのファミリータイプのお部屋を買ったって本当ですか?」
「もう聞いたのか。そうだ。この四年間、秘密基地のようにこのマンションを使っていたが、なかなか良かった。もちろん彩葉と狐達と神社で過ごすのも良いが、お前と二人きりで過ごすのも捨てがたいと思ってな。それに新婚時代という物の存在をこの間の映画で知った。あれはとても重要な時期だ」
腕を組んで当然だと言わんばかりの芹に私は思わず目を吊り上げた。
「そ、そういう事はちゃんと相談してください! びっくりしちゃったじゃないですか! 芹様どうしちゃったんですか、こんな大きな買い物1人で決めるなんて!」
私の言葉に芹は一瞬たじろいだかと思うと、すぐにしゅんと項垂れる。
「! すまない。さぷらいずというのを女子は喜ぶと土地神に聞いたのだが、やはり慣れない事はするものではないな。だが少しだけ言い訳をさせてくれ。もうすぐ四年目の春だ。彩葉はここを出る事になる。そうするとあの隣の頭突き娘や管理人、その他の者達とも疎遠になってしまう。今後彩葉が鬼籍に入り正式な私の妻になる時、周りの者達はもうお前の側には居ない。それでもお前の人生は永遠に続く。その時の事を考えると、人の友人の他にも神や妖の友人も居た方が良いのではないかと思ったのだ」
それを聞いて私は無言で芹に近づいてそっと抱きついた。
本当に、この神はどこまで優しいのだ。そんなにも先の私の心配をしてくれていたのか。
「……芹様……好き」
「……もう怒ってはいないか?」
「最初から怒ってはないですよ。ただびっくりしただけ。でも……今の話を聞いて感動に変わりました。サプライズ成功です」
「そうか。それは良かった。後で部屋を見に行くか?」
「もう見られるんですか?」
「ああ。だが、後でな。私はまだここでやる事がある」
そう言って芹は私の顎を掴んで唇を重ねてきた——。
大学の四年間は私にとって色んな意味でとても有意義な時間だった。
大学を卒業し、マンションに置いてあった私の荷物はそっくりそのまま上の階の新しい部屋に移され、頭突き娘こと、萌は自分の首が届くかどうかを何度も試していた。
その他の住民たちも別れと言うよりも、またね、という気楽さで大学とこのマンションを卒業する私を送り出してくれた。
実際、芹が二人になりたいと言えばいつだってここへ来るつもりだ。
この四年間で変わったのは何だろうと考えたけれど、ほんの少しだけ巫女としての自覚が出来たぐらいで、私はずっと私だった。
大学を卒業してもうすぐ1年。
その日、私は白無垢に身を包み、芹原神社に集まった友人たちとの挨拶を交わしていた。
「彩葉綺麗だぞ~! はい、こっち見て! あ、こら! 裕也! それは持つな! おい誰か! この破壊神を部屋から出してくれ!」
細田が胸から下げたカメラ片手に、二年前に生まれた自分の息子の手をしっかりと掴んだ。
「はいよ! ほら裕也く~ん! 綺麗なお兄さんの所に行こっか~」
「や! せりこわい!」
「気持ちは分かるけど~……あ! それじゃあイケメン眼鏡のとこ行こっか~」
「うん。にじょーのとこいく。やよいとあそぶ」
二条は私達が卒業してすぐに、ずっとお付き合いをしていた人と結婚して今は一児のパパだ。それでも相変わらず学校ではモテモテだと風の噂で聞いた。
そんな二条とは未だに交流があるが、今では芹の方が二条と仲が良い。歴史オタクの二条からしたら神様の知り合いは大事にしたいそうだ(理由はもちろん昔話を聞きたいからである)。
「よし、そうしよう! じゃ彩葉、裕也君預けたらマッハで戻るから!」
「うん。ムック、転ばないように気をつけてね」
「分かってるよ! これも予行演習だ! 行くよ、裕也くん」
そう言って椋浦は少しだけ目立ちだしたお腹を撫で、裕也の手を引いて部屋から出ていった。