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第141話『大学生活』 

 私はあの日から芹の巫女に相応しいと言われるよう、死に物狂いで巫女について勉強した。


 元々進学校に通っていたおかげで勉強のコツはすっかり身についていたようで、勉強にはさほど苦労しなかったのだが——。


「彩葉ちゃんは本当に不器用だね!」

「うぅ……この手が憎い……」


 巫女の作法の部分で私はいつも躓いていた。そんな私を見て同じく巫女を目指す友人たちや教師が苦笑いする。


「まぁ向き不向きは誰でもありますからね。いつか出来るようになれば良いです。そんな事を叱る心の狭い神はおりませんよ」

「ありがとうございます」


 もうフォローすら出来ない不器用さに教師はそれでも丁寧に言葉を選んでくれた。流石神職学校の教師だ。何と言うか浮世離れしている。


 授業が終わると友だちと近くのカフェで今日の復習をして、買い物をしてからオートロックのマンションに帰る。


 このマンションは芹がどこからともなく見つけてきたものだ。


 聞けばここら辺を牛耳る神に口を利いてもらい、このマンションを紹介してもらったらしい。


 大学からも近いしスーパーも近所にあってとても便利だが、どうしてここを選んだのかと芹に尋ねると、芹は真顔で言った。


「このマンションは神、妖の御用達だ。お前に何かあればすぐさま皆が動く。お前は今や八百万の神々を背負っていると言っても過言ではない」


 と。要はホラーマンションだ。


 そんな事を言われた私は、四年間お世話になるという事で定期的に暇を見つけてはご近所にお菓子やお惣菜を作ってはお裾分けをしている。


 神と言えば芹とシンしか知らない私だが、他の神々に対してこんな事をしていいのかどうかは分からない。


 けれど今のところトラブルは何も起こっていないので大丈夫だろう。


 たまにベランダから、お隣さんで夜の女王のろくろ首の萌さんが窓をヘッドバッキングしてくるぐらいだ(そして大抵お菓子をくれる)。


 私は毎週末村へ戻り、最近では週に一度、私の講義が無い日に芹が泊まりに来るようになった。


 その日は前の日から全ての準備を終えて、朝から晩まで普通のカップルみたいに芹とイチャイチャして過ごしている。


「ここは良いな。社だとどうしてもあいつらの顔がチラつくだろう?」


 そう言って苦笑いした芹の顔を、私はきっと一生忘れないだろう。


 20歳になった日は神社に戻り、私は生まれて初めてのお酒をあのお猪口で飲んだ。


 けれど、お酒はどうやら私には合わなかったようだ。


 ほんの少しの量で私は見事に酔っ払い、散々皆に絡んだ挙げ句かなりふしだらに芹に迫ったらしく、芹に人前では絶対に飲むなとキツく言いつけられてしまった。


 そうは言うが、大学生にもなると付き合いという物がある。


 どうしても参加しないといけない飲み会があれば、芹は周りの反対を押し切って私のブレスレットやネックレスになってついてきて、私が酔っ払うと必ず人型になって私を迎えにきたという体でその場から連れ出してくれた。


 そのおかげでついたあだ名は『姫巫女』だ。


 巫女なのか姫なのかよく分からないが、多分芹は周りに牽制しながらいつも私を連れ出してくれるのだろう。そのおかげで変な虫は四年間一切つかなかった。


 酔っ払って帰った日は芹は必ず泊まっていく。しょっちゅう顔を出す芹に他の住人達は呆れ顔だ。


「彩葉ちゃんは大蛇に溺愛されているねぇ」


 目を細めてそんな事を言うのはこのマンションの管理人のぬらりひょんで、後頭部が異様に長いのでここの住民ではない人達からもそう呼ばれているらしい。なに一つ隠していないこの人を、私は尊敬している。


「それは面倒な男なんだと土地神が言っとったが、ワシは良いと思うよ。実に良い」


 目を細めて箒を握りしめて感慨深そうに言う管理人に笑顔を返し、私は今しがた買ってきた物を渡した。


「ありがとうございます。あ、これお土産です。もうチューリップの球根が出てたんですよ!」

「そうかね。毎年彩葉ちゃんがくれるもんだから、最近他の皆も花の種やら持ってくるようになって、春になるとそりゃもう皆喜んでるよ」

「それは良かったです! もうすぐ春なんですね」


 ちりとりを管理人の方に向けながら言うと、その中にゴミを入れながら管理人は寂しそうに頷く。


「寂しくなるなぁ。あんたがここに来た時は人の娘なんてどうなるんだと思ってたけど、ワシの心配なんか杞憂だった。流石神の巫女になるような娘は違う」

「また遊びに来ても良いですか?」


 何だかジンとしてしまって私が問いかけると、管理人は不思議そうに首を傾げた。


「ん? なんだ、芹山から聞いてないのかえ?」

「へ? 何をです?」

「あの旦那はついこの間、ファミリータイプの部屋を一部屋買うておったぞ?」

「へ!?」

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