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第137話『芹山神社はブラック?』

 タクシーに乗ってホクホクしていると、運転手さんがそんな私に気付いてにこやかに話しかけてきた。


「嬉しそうな顔してるねぇ」

「はい! すっごく楽しいお買い物でした!」

「はは! それは良かった。それにしてもえらい大荷物で……重かっただろう?」

「そうですね。でも家族の分だと思ったら重さとか全然考えてませんでした」


 笑いながら答えると、運転手の笑顔がさらに深くなる。


「そうかい。家族思いの良い子だ」


 唐突に褒められて喜んでいると、芹と繋いでいた手に力が込められた。驚いて芹を見ると、芹は窓枠に肘をついて外を眺めている。どうやら拗ねているようだ。


『芹様、寝た振りするのでお話ししましょう』

『ああ。こちらに寄りかかれ。それから私も土地神のように人型を用意する』


 私は芹に言われた通り一芝居打ってさも疲れたかのように寝た振りをしながら芹に問いかけた。


『人型って何ですか? その姿ではなくて?』

『違う。人型というのは、人にも見えるようにする姿の事だ』

『そんなのあるんですか!?』

『大抵の神はその姿を使ってそこらへんをウロウロしているぞ。存在感を最大限まで消してな』

『芹様は無かったんですか?』

『ああ。私は山から下りる事がそもそも無かったのでな。必要が無かったんだが』

『だが?』


 そこまで言って芹が寝た振りをする私の顔を覗き込んできたのが気配で分かる。


『彩葉とデートをする為に人型はあった方が良いと判断した。今のままでは荷物を持ってやる事も、お前と一緒に出掛けている男が居るという事も伝えられないからな。おまけに酒も買えない』

『ワイン、そんなに欲しかったんですか?』

『ワインにこだわったと言うよりはお前と出掛けたと言う事を忘れたくなかった』

『うぅ……抱きつきたいっ!』


 ウズウズする手で芹の手を握ると、芹は笑いながら握り返してくる。


『帰ったらな』

『はい!』


 やがて参道の下までやってくると、運転手さんが優しく声をかけてくれた。寝た振りなんてしてごめんなさい、と心の中で謝りつつタクシーを下りて参道を登っていると、狐達が飛び跳ねながら参道を下りてくる。


「お~い! おかえり!」

「遅いではありませんか! それで買えたのですか!? スイーツとお弁当は!」

「買えましたよ! 大量です!」


 足元にまとわりついてきて嬉しそうに跳ね回る二人に戦利品を渡すと、二人はそれを持ってまた参道を駆け上がって行く。


 そんな二人を芹と共に目を細めて見ていると、ぽつりと芹が呟いた。


「嬉しそうだな」

「ですね。何が良いって聞いたらわざわざ店名と写真まで送りつけてきましたもんね」


 買い物の途中で二人にメッセージを送ると、二人はスマホで調べたであろう商品を次々送りつけてきたのだ。あの荷物のほとんどは彼らの物だと言ってもいい。


「でも複雑です。私のご飯、飽きちゃったかなぁ……」


 ぽつりと言うと、隣を歩いていた芹が私の手を握りしめてきた。


「そんな事ある訳がない。ああいうのはたまに食べるから良い。それを彩葉はよく知っているだろう?」

「そうですね。そうでした」


 幼い頃、毎日コンビニやスーパーのお弁当だった事を思い出して私は頷く。


「何よりも、たまにはああいうもので済ませてお前は休め。働きすぎだ。こういうのをブラック企業と言うのだろう?」

「巫女にホワイトとかブラックってあります?」


 真顔でそんな事を言われて思わず吹き出してしまうが、芹の顔は至って真剣だ。


「ある。そもそもお前の一番の仕事は私の相手をする事だ。巫女である前に、お前は私の妻である事を忘れるな」

「っ……もう抱きついても良いですか!」


 私は芹の答えを聞くよりも先に芹にしがみついて、おでこをグリグリと胸に押し当てた。そんな私を芹はおかしそうに笑いながら抱きしめ返してくれる。


 参道を登りきって本殿に入ると、既に夕食の準備がすっかり整っていた。お弁当とスイーツの前で狐達がソワソワしながら待っているのを見て、芹と顔を見合わせて笑う。


 気がつけば、ここ最近の不調や悩みは綺麗さっぱりどこかへいってしまっていた。


 それから私は二条の言った通りすべき事を日割りでやるようにし、芹の言う通りたまに神社の仕事や家事の手を抜くことにした。


 するとどうだろう。あれほど切羽詰まっていた気持ちが途端に軽くなったではないか。


 そのおかげでギスギスしていた気持ちがすっかり消え去り、元の私に戻ることが出来た。


 それと同時に次第に私の心の声はまた聞こえなくなってしまったと芹が嘆いていたが、狐達は大喜びしていたのは少しだけ複雑だ。


 そんなある日。


「こんな感じでどうだ?」

「う、美しすぎます」

「なに。ではこれぐらいか?」

「いえ、髪型変えただけではどうにもなりませんよ」

「そうは言ってもな。顔自体は変わらないぞ」

「そ、そうなんですか?」

「当然だろう。別に変身をする訳ではないからな。せいぜい髪の長さや色を調節する程度だぞ」


 芹は今、人になろうとしている。


 いや、頑張ってはいるが美しすぎてなりきれていない。

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