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第136話『芹のデート力』

 かなり贅沢だとは思うけれど、どこかで倒れるよりはマシだ。


 すると芹からすぐに返事が来た。『すぐに行く』と。


「え!? き、来ちゃうの!?」


 確かに体調は良くないかもしれないが、そんな急を要する程ではない。


 慌ててメッセージを作っていると、目の前に小さな竜巻が起こった。


 思わず目を閉じて風が止むのを待ち目を開けると、そこには芹が何食わぬ顔で立っている。相変わらず早い。早すぎる。


「彩葉、やはり体調が悪いのか。だから今朝言っただろう? 顔が青いぞ、と」

「はい……それから二条先生に聞きました。芹様、最近の事ごめんなさい。でも頼りにしてなかった訳じゃないんです。『迷惑かけたくなかっただけで……でも、それが返って心配させちゃってた……ごめんなさい、芹様』」


 俯いてぽつりぽつりと言うと、芹は私の頭に手を置いてぎこちなく撫でた。


「もう良い。タクシーを自ら呼んだのは英断だ。それにお前が私にどこか遠慮している事も分かっている。二条から何を聞いたか分からないが、お前はいつも全てを完璧にこなそうとする。だが私ですら完璧になど出来ないんだ。だから神である私よりも完璧になろうとしないでくれ」

「芹様……はい!」


 芹はいつもこうだ。私の事を決して否定しない。止めない。


 けれどそれは深い愛情があるから出来るのだ。


『うぅ……抱きつきたい……』


 思わず漏れた心の声を聞いて芹が軽やかな声で笑った。


「私もだが、生憎私は皆には見えない。社まで我慢してくれ」

「……はい」


 うっかり声が漏れてしまった事が恥ずかしくて顔を真っ赤にして俯いていると、タクシーがやってくる。


 やってきたタクシーに乗り込んで行き先を告げようとすると、不意に芹が頭に直接語りかけてきた。


『ついでだ。私も街を見てみたい。彩葉、友人とよく行く場所を指定してくれ』

『えっ!? で、でも晩ごはん……』

『この間狐達が駅弁というのが気になると言っていたぞ』


 それを聞いて私はコクリと頷いて運転手に東京駅に向かって欲しいと伝えた。


『よく行くという事はないんですが、東京駅なら先輩たちや芹様が好きそうなお店が沢山ありますよ!』

『そうか。それは楽しみだ』


 芹と初デートが出来そうで嬉しくてそっと芹に手を差し出すと、それに気付いた芹が私の指に自分の指を絡めてくる。


 不思議なものでさっきまでは体調が悪かったのに、今はワクワクして仕方ない。


 芹と堂々とデートをする事は出来ないが、今なら心の中で会話をする事が出来るので、傍から見て特別怪しい子にならずに済む。


 東京駅について私達は雑貨やコスメ、食料品などを見て回った。


『ほう、ワインか。そう言えばワインは飲んだ事がないな』

『そうなんですか?』

『専ら氏子たちは私に日本酒を持ってくるんだ。彩葉、一本何か買ってくれ。2年後、一緒に飲もう』

『え!? それを今買うんですか?』

『ああ。初めて彩葉とこんな所まで来た記念だ』


 今日の記念と言われて、私は思わず顔がニヤけてしまった。


 芹はきっと記念日というものが女子にとってどれほど嬉しいかを知らないだろうが、それでも芹からそんな事を言い出すとは思わなかったのだ。


『芹様、買いたいのは山々なんですが私まだ女子高生なのでお酒、買えないんですよ』


 それを聞いて芹は愕然とした顔をしてすぐに気を取り直したように言う。


『そうか。せちがらい世の中になったものだ。では彩葉が20になったらまた一緒に来るか』

『はい!』


 この日、私は芹が世間の事には相当疎いのに、何故かデート力が高いと知った。その後もナチュラルに要所要所で私がときめくような事を平気で言ってくる。


 最終的には私は芹のデート力に慄いていたのだが、それは秘密だ。


 それから駅弁とスイーツを二人で見て周り、両手に大量の荷物を抱えてまたタクシーを呼ぶ。

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