また夏休みが始まり、受験へ向けての勉強にも力が入る。
この頃になると私は遅くまで図書館で勉強をしたり、休みなのに学校に行く日が増えた。
「彩葉、大丈夫か?」
「え? 何がですか?」
「勉学と家事、それから社の全てをこなそうとするのは厳しくはないかと聞いている」
あまりにも私が忙しそうだったのか、境内の掃除をしていた私に芹がふと問いかけてきた。
その質問に私は簡単な気持ちで大丈夫ですよ! と答えたのだが、受験が徐々に近づいてくるとその余裕も次第に無くなってきてしまった。
流石に芹達に八つ当たりなどはしなかったが、それでもいつの間にか思い詰めたような顔をしていたようだ。
ある日の事、大学の資料を取りに学校に行くと、何故か二条に保健室に呼び出された。
「失礼します。先生、何ですか?」
「おお、来たか。まぁ座れ」
そう言って二条は私に椅子を指し示すと、いつものように冷えた緑茶とおまんじゅうを出してくれる。
「えっと、急いでるので……」
早く帰らないと夕食の準備に間に合わなくなってしまう。椅子に座るのを拒否しようとした私を見越したかのように二条が私の腕を引っ張った。
「はい、ストーップ」
「ちょちょ、先生!?」
無理やり椅子に座らされて手におまんじゅうを押し付けられて首をかしげていると、先生がじっと私を見つめてくる。
「な、なんですか?」
「お前の神様から朝の、ていうか深夜の3時にメッセージが届いてな。お前の様子がおかしい。心の声すら閉ざしてしまっている。あと体調が悪そうなんだが学校に住み着く医者なら何か分かるか? って人を妖怪か何かみたいに言うんだよ。その後立て続けに5時、6時にも狐って名乗る奴らとイケメンお兄さんって奴から同じようなメッセージが届いたんだ。なぁ、これお前の神様の知り合いか? 俺、登録した覚えないんだけど」
「あー……えっと、狐というのは芹様の神使ですね。イケメンお兄さんは多分、土地神かと……」
苦笑いを浮かべた私を見て二条は大きなため息を落として眼鏡を押し上げると、ギロリと私を睨みつけてくる。
「神にとっちゃ人の一生なんざ瞬きするぐらいの時間なんだろう。だがな、言っておいてくれ。その瞬きする時間には貴重な睡眠時間も含まれてるんだと。で、お前は今度は何に追い詰められてんだ?」
「つ、伝えときます。そっか……私、そんなに余裕無かったのかな」
言われてみれば最近は勉強と神社の事と皆の身の回りの事で一杯一杯になっていた気がする。
まともに芹達と話したのはいつだっただろうか? そこまで考えてハッとしてしまった。
「すみません。全部ちゃんとやらないとって思ってまた暴走してたみたいです」
「おお。分かったんなら良い。あと勉強は根詰めても逆効果だ。時間割にするより、日割りにした方が良いぞ。それから芹様の言う通り顔色が悪い。また倒れる前にまずは休め」
「……はい。帰ったらちゃんと休みます」
「そうしろ。1人で帰れるか?」
「大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。あと、ご馳走様でした」
「ま、それが俺の仕事だ。一応芹様に連絡しとくからな」
「え!? 芹様には——」
迷惑かけたくない。そう言おうとしたが、二条は眼鏡を拭きながらため息を落とす。
「お前ら将来の約束したんだろうが。大学の金まで出して貰うのに今更しょうもない遠慮なんかするな。言っとくが、男なんて単純だからそういうのが一番刺さるんだぞ。頼ってもらえない、話してもらえない、それはいずれ不信感に繋がる。神だって所詮男だ。それでもお前の事を俺に聞いてきた。それはお前が本当に心配だからだ。そういうのをお前はちゃんと汲んでやれよ」
「!」
二条に言われて私は息を呑む。実際その通りだったからだ。
芹は最近、何度も何度も私に心配事はないか尋ねてきてくれていた。それでも私は芹に迷惑をかけたくない一心でのらりくらりと躱し心を吐露しなかったのだ。
それは芹にとってどれほど辛かっただろうか。
私が同じことをされたら絶対に心配するに違いないのに。芹は深夜に二条にメッセージを送るほど心配してくれていたというのに。
「先生……ありがとうございます」
「まぁな、齢18で結婚を決めるぐらいだ。お前にとっちゃ本当に運命の相手なんだろう。だから心配かけたくないって気持ちは分かるが、相手は神なんだぞ? 大抵の事はなんとでも出来るだろ。大学にしてもそんなにヤバそうなら何か力使って入れてもらえよ」
ニヤリと笑ってそんな事を言う二条に私は思わず笑ってしまう。
「それは冗談として。心配かけさせないようにする事が返って心配かけてんだ。ちゃんと話せ」
「はい」
私は返事をして二条に深く頭を下げると保健室を出た。
それから学校を出て校門の前でタクシーを呼び、ついでに芹に「体調が良くないので今日はタクシーで帰ります」とメッセージを送る。