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第134話『大人の階段』

「私、やっぱり芹様に出会うために生まれてきたんですね」


 思わず涙を浮かべて言うと、芹が一瞬顔を歪めて頷き、そっと私を抱きしめてくる。


「そうだ。そうでなければ、この私がこんな風に考えるようになった説明がつかない。長い年月をかけてお前はようやく私の元にやってきた、私の為の巫女で、たった1人の伴侶だ」


 顔を私の首筋に埋めて懇願するような芹の声に、とうとう私は涙を零した。


「まさか神様と結婚する事になるだなんて思ってもいませんでした。芹様、これからもよろしくお願いします」

「もちろんだ。皆はああ言うが、本当の所を言うと私はお前の心の声を楽しんで聞いているんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。お前の心の声は表の声とほぼ同じだからな。私や狐達の事、村の事ばかりで安心して聞いていられる。私に容赦が無いのも良い。ああ、あと土地神への好感度が低い所も気に入っているぞ」

「そ、それは内緒ですよ!」


 思わず苦笑いをして言うと、そんな私を見て芹が笑う。


「安心しろ。もう皆、知っている」

「えぇ?」


 それを聞いて思わず笑ってしまった私の頬を、芹の白くて長い指先がそっとなぞった。


 ひんやりとした感覚に思わず驚いて芹を見上げると、芹の赤い瞳の中にはしっかりと私の姿が映しだされている。


「18おめでとう。これで私はもう遠慮する事なく、お前を手に入れる事が出来る」

「え? 『それってどういう——』」


 意味だと問いかける間もなく、私は簡単に芹に押し倒されていた。


 芹の長い髪が私の顔の両側にサラリと落ちてくる。ゆっくりと芹の顔が近づき、私はまるでそれを分かっていたかのように目を閉じた。


 全身冷たい芹は唇も冷たいけれど、その冷たさが唇に触れた時、それに反して胸の奥がじんわりと熱を持つ。


 声もなく息継ぎをする間もなく重ねられた唇は、何度も何度もまるで確かめ合うかのように重ねられた。


 恋愛をした事もなければキスすらした事が無かったというのに、あまりにも展開が早すぎると思うのに、心の底では芹といつかこうなる事を期待していた自分が居たのだとこの時、初めて気付く。


『ど、どうしよう! 何か変な反応しちゃったら芹様呆れちゃうかも』


 そんな心の声が聞こえたのか、私の首筋に顔を埋めていた芹がふと顔を上げて微笑んだ。


「そんな心配など杞憂だ。お前と同じように私もこんな事をするのは初めてなのだから。何よりもお前の反応を見れば見るほど、心の中から何かが湧き上がる。途中で嫌になったら私を突き飛ばせ。たとえ突き飛ばされたとしても、私はお前を手放したりはしない。何せ、執念深い蛇だからな」


 そう言って意地悪に微笑んだ芹の顔を見て、私はただコクリと頷いた。言葉が無かった。ただ思うのは、こんな芹が愛しいということだけだ。


 そしてそんな声は心の声になって芹に届いたようで、芹が何かに堪えられなくなったように本格的に私に覆いかぶさってきた。


 生まれて初めて裸で眠る異性の、腕の中で目を覚ました私は昨夜の事を思い出して心の中で叫んでいた。


『ど、ど、どうしようどうしよう!? こ、こんなにも早く大人の階段を駆け上がるなんて思ってもいなかったっ! 誰よ、初めては痛いだとか苦しいとか言ってたの! 痛かったのちょっとだけで後はもう訳解んないぐらいフワフワだったんだけど!? あ、もしかして相手が神様だったから? 変な声一杯出た気がする! あと芹様がセクシーすぎて鼻血出るかと思ったっ! やっぱり人外はどんな顔してても美しすぎるよ……もうなんか途中、絵画とキスしてるのかと思っちゃった。それに比べて私ときたら……あんな訳分からないトマトのパジャマでさ、色気も何もなくて……これを機に私も着物とかで過ごすようにしようかな!? そうしたらちょっとは所作とか姿勢とか綺麗になるんじゃない!? あ、でも絶対先輩たちに七五三か? とか言われそう。はっ! そう言えば心の声ダダ漏れなのにこんな事しちゃって絶対皆にバレるよね!? ど、ど、どうしよう!? 無だ。彩葉。芹様のように無を貫くのだ。はぁ……それにしても芹様……格好良かった』


 ひとしきり叫び終えた所で、ふと私の腰に腕を回す芹の指先が震えている事に気付いた。


 それに気付いて恐る恐る芹の顔を覗き込むと、目は閉じているが芹の口元がひくひくと引き攣っている。


「お、起きてます?」

「……ああ。いつ終わるのかと思って聞いていたのだが、やはり心の声はそのままにしておかないか?」

「い、嫌ですよっ! どっから聞いてたんですか!」

「最初からだが。あと彩葉、パジャマがトマトの柄でもどうせ脱ぐ。問題ない。それから着物を着るのは良いが、昔ならいざ知らず着物は畑仕事に向いていない。最後に変な声ではなかった。あの声のおかげで私の理性が消し飛んだと言ってもいい」


 笑いながらそんな事を言う芹を見て私は思わず頬を膨らませる。


「ぜ、全部に答えてくれなくても良いです! でも、ちょっとだけ安心しました。芹様もドキドキしましたか?」

「そうだな。何せ初めてだからな。だが、どうして神々があんなにも夢中になるのかは分かった。彩葉、覚悟しておいてくれ」

「え」

「多分、私はほぼ毎晩手を出してしまう」

「……自制してください、そこは」


 呆れつつ芹を見上げると、芹はおかしそうに目を細めてギュッと私を抱きしめてくる。何だかそれがとても幸せだった。

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