「何が寂しい? ここを一時離れる事か?」
「それもですけど……芹様達と毎日会えないじゃないですか……『電話じゃ触れないし』」
「なんだ、そんな事か。彩葉、私は神だぞ? 望むなら毎晩お前の夢枕に立ってやる」
「……夢枕『うん、やっぱり神様は連絡手段が一味違うんだな』」
「それに私だってお前と同じだ。離れるのは辛いが、あれほど飛び立てないと嘆いていた小鳥がようやく飛び立とうとしているのを邪魔する事など出来ない」
「そうですよね。芹様はずっとそう言ってくれてますもんね。すみません、今まで黙ってて」
芹の心の声は私には聞こえないけれど、芹はいつも言葉で伝えてくれる。
もしかすると私が思うよりもずっと私を信じてくれているのかもしれない。
私がそんな芹を見上げて感動していると、ふと芹が口を開いた。
「いや。とは言え、三重に行くと言い出したら止めたがな」
「何故!?」
「遠すぎる。都内であればそれこそ毎週末戻れと言えるが、三重では言えない。会いに行く事は出来るが、あまりにも長時間神社を開けるのは何を言われるか分からないからな」
眉根を寄せて真剣な顔でそんな事を言い出す芹に私は一瞬呆気に取られたが、すぐに笑いが込み上げてくる。
「芹様、もしかして都内だからオッケーなんですか?」
「そうだが?」
あまりにも真顔で答えられて私はとうとう吹き出してしまった。そんな私を見て芹は不思議そうな顔をしているが、前言撤回だ。神だって人と同じなのだ。
誰かを好きになれば嫉妬だってするしヤキモチだって妬く。離れたくないしずっと一緒に居たいのだ。きっと。
「たったの四年ですもんね。私、立派な巫女になって戻ってきますから! 『芹様だけの巫女になって』」
「ああ。今でも十分だが、楽しみにしている。それから毎週末戻れよ? 映画鑑賞会は今や私達の共通の趣味だ」
「あ、はい」
いつの間にか映画鑑賞は芹の趣味にまでなっていたらしい。
そんな話をしながら神社に戻り本殿に入ると、その途端クラッカーが鳴り響いた。
「び、びっくりした!」
「お帰り。随分遅かったな」
「お帰りなさい。もう夕食の支度は完璧です! ウチは今日のために雉を獲って来たんですよ!」
「雉!?」
「僕は鹿だぞ!」
「鹿!?」
「二人は狩りの名手だからな。もちろん捌くのも得意だ。安心しろ、彩葉」
「お、思ってたお誕生日会とは違いますが、ありがとうございます」
「おお。良いって事よ!」
「ウチが手ずから捌いた雉に腰を抜かしなさい」
「は、はい。心して食べます」
どちらも初めて食べるが、何だか少しだけワクワクしてしまう。
二人に手を引かれて囲炉裏の側に行くと、魚が串に刺さった状態で灰に突き刺さり、火種の上では雉と鹿の肉が音を立てて焼けている。
「お、美味しそう」
「だろ? とりあえず着替えてこいよ」
「はい!」
部屋に戻って着替えを済ませて戻ると、囲炉裏を囲んで芹と狐達が談笑していた。そんな光景を見ていると何だか胸がギュっとなる。
『やっぱり……寂しいな……』
思わずそんな事を考えてしまった私を三人が同時に振り返った。
「そんな所に突っ立っていないで、ここに座れ彩葉」
「そうだぞ。ところで何が寂しいんだよ?」
「そうです。何を寂しがる事があるのですか」
言い淀む私を見て芹が自分の隣を叩きながら狐達の顔を見て言う。
「巫女は来年から都内の大学に通うそうだ。その時に寮か一人暮らしをすると決めたらしい」
「都内? それって伽椰子のとこだろ? じゃ、こっから通えんじゃん」
「そうですよ! どうしてわざわざ別の場所に住むのですか!」
「それは——」
別に私だって本当はここを出たくないけれど、ここに居たら勉学を疎かにしてしまいそうだと思ったのだ。皆の世話をしなければならないからという理由ではない。私が、皆に甘えてしまいそうだったから。
「お前たち、彩葉はようやく自分の居場所を見つけたんだ。今回の事もここにずっと居る為に羽ばたこうとしている。そんな彩葉の決断を止めるな」
「でも……」
「そんなの寂しいじゃないですか……」
「……先輩」
視線を伏せてそんな事を言う二人に思わず泣きそうになっていると、二人はさらに言った。
「大学って四年ですよね? その間の食事が……」
「また狩り生活をしなくてはならないなんて……」
「先輩?」
もしかしてこの二人が心配しているのは食事か? そうなのか?
思わず半眼になった私を見て芹は1人おかしそうに肩を揺らす。
「たったの四年だぞ? それにお前たちなら簡単に商店街で食事を調達する事が出来るんじゃないか?」
「まぁ、それはそうなんですけど」
「ウチ達の可愛がられ方は異常ですからね……仕方ありません。毎食色んな所に集りに行きましょう」
「ちょちょちょ! や、止めてくださいよ!? 皆に迷惑かけちゃ駄目ですからね!?」
何て事を言い出すのだ! 慌てて止めに入る私を見て今度は芹が声を出して笑いながらしみじみと言う。
「寂しくなるな。たったの四年だと言ったが、今はもう四年すら長く感じそうだ」
「芹様……」
私達の声が重なる。もしかしたら芹が一番寂しがってくれているのかもしれない。少しだけ、そう思った。