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第131話『決意』

 ニヤニヤと笑いながらそんな事を言う椋浦を肘で突いて私は頷いた。


「多分ね。でも多分お兄さんが居なくても村の人達が管理してくれると思うんだ。そこは心配してないんだけど、お兄さんと離れるのがね……寂しいなって」

「……そっか……そうだよね。ごめん茶化して。お兄さんは何て言ってるの?」

「それがまだ話せてないんだ」

「それは早く話した方が良いんじゃないの?」

「そうなんだけどさ、何か言い出しづらくて」


 この事を告げたら芹達はどんな顔をするのだろうか。皆の顔を想像するといつまでも言い出せないでいる。


 学校が終わって電車を乗り継ぎバスに乗ると、いつものように私は芹に連絡をして窓の外の夕暮れを見ていた。


 沈みかけの太陽はくっきりと芹山を照らし出している。それと同時に思い出すのは、芹のいつもの無表情だ。


 いつの間にこんなにも芹の事ばかり考えるようになっていたのだろう。思いを伝えてはいけないと思い込んでいた時とは違って、今は毎日でも芹に伝えたい。

 そのうち鬱陶しいと思われてしまいそうだが、そこは我慢してほしい。


「誰かを好きになるって、こんな風になるんだな」


 芹は私が感情を教えてくれたと言うが、それは私もだ。こんな気持を私は知らなかった。衝動にも似た、この溢れそうな気持ちを私は知らなかった。


 だから余計に悲しませたくなかったのかもしれない。


 バスを下りると芹がいつものように電灯の下に立っていた。


 私はそんな芹の元へ駆け寄ると、芹も少しだけ微笑んでくれる。


「今日は一本早かったんだな」

「はい! 学校からダッシュしました! 『だって、誕生日会してくれるって言うし!』」

「そうか。だが危ないから走るなと言っただろう?」

「ごめんなさい。それで、何か買って帰る物はありますか?」

「いや。もう昼の間に全て手配済みだ。帰るぞ」


 そう言って芹が手を差し出してきた。私はその手を取り歩き出す。


『指、絡ませたら怒られるかな』


 まだ私の心はダダ漏れだと言うのにうっかりそんな事を考えてしまい、私の心の声を聞いて芹が何か言うよりも先に指を絡ませてくる。


「怒る訳がないだろう。何なら抱えて帰りたいぐらいなのに」

「え!? そ、そうなんですか?」

「ああ。どこでも良いからずっと触れていたい。愛しくて仕方がない。彩葉は違うのか?」

「ち、違わない、です『芹様は正直だなぁ!』」

「それはお前もだろう。前にも言ったが、お前は心で語らなくとも大体の事は顔で語る。だから私は安心する。だが、今は何かに悩んでいるようだ」

「っ!」


 芹の一言に私は思わず驚いて芹を見上げたが、芹は相変わらず真っ直ぐ前を見つめている。


「言いたくなったら言えば良い。どこへ行こうとも、お前は必ず私の元へ戻るだろう?」

「はい。必ず」


 何となく察しがついているのか、芹は静かに言った。そうだ。芹はこういう神だった。


 私は小さく息を吸って芹と繋ぐ手に力を込めた。


「芹様、私、都内の神職学校に通いたいんです」

「ああ」

「最初はここから通おうと思ってたんですけど、今は寮か一人暮らしをしようかと思ってます」

「それで?」

「四年間、神職の勉強をして、またここに戻って来ても良いですか?」


 緊張からか背中を冷たい汗が流れ落ちる。芹に反対をされたら私の決心はきっと揺らぐだろう。


 けれど、そんな私の心配をよそに芹はふと言った。


「大学というのはいくらぐらいかかるものなんだ?」

「へ?」

「学費という物がいるのだろう? 寮に入るにしても一人暮らしをするにしても、どれぐらいかかる?」

「え、えっと、学費は奨学金というのを受けようと思っていて、家賃とか食費はバイトしようかと……『え、心配するとこ、そこ?』」


 何だか思っていたよりもずっと真っ当な反応に肩透かしを食らっていると、芹は口元に手を当てて何やら考え込んでいる。


「通う予定の大学の資料などはあるのか?」

「あ、はい。あります」

「そうか。では誕生会が終わったらそれを見せろ。手続きはテンコに任せれば良い。それからお前の学費と生活費は私が持つ」

「えっ!? い、いいですよ! 何で芹様が——」

「伴侶の事だ。私が出さないで誰が出すんだ」

「は、伴侶……『あぁ……やっぱり芹様は芹様なんだ……嬉しいけど、でもちょっとだけ寂しいな』」


 すっかり忘れそうになるが、芹は神様なのだ。基本的には人のする事に反対などしない。既に伴侶と認められているのは飛び上がりそうなほど嬉しいが、あまりにも引き止められなくて少しだけ寂しさを感じてしまう。

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