そんな私の様子に気付いたのか、芹の声が焦りだした。
「彩葉……お前、浄化出来ていないじゃないか……一体何を飲まされた? あいつらに一体何をされたんだ!」
尋ねられても分からない。身体の内側から皮膚を突き破って何かが飛び出してきそうだ。
『わか……ない……でも、芹さま……おかエ……リ……ナサ……』
心すらもう思い通りにならなくて、何も考える事が出来なくなってしまった私は、ただ眼の前の芹が無事だった事に涙を零す事しか出来ない。
「土地神! 彩葉を浄化する! 力を貸してくれ!」
芹の耳をつんざくような叫び声とも怒鳴り声ともつかない声を聞いて、私は真っ黒な何かに塗りつぶされていく頭の中で、ただぼんやりと芹の必死な横顔を見ていた——。
その後、何がどうなったのか分からないまま、気がつけば私は真っ白な場所に寝かされていた。
「ここ……どこ……?」
そう思いつつ目をよくこらして壁をじっと見ると、何だかとても見覚えがある。
「鱗? 芹様の……鱗……」
呟いた瞬間、私の眼の前で鱗が消え、その代わり私は宙に浮いていた。人型に戻った芹に抱え上げられていたのだ。
「彩葉!」
最初はあれほど硬質で怖いと思っていたその声は、いつの間にか誰よりも安心する声になっている。
私は無言で芹の首に抱きつくと、そのまま顔を埋めて鼻を鳴らした。
会えた。もう一度芹に会えたのだ!
「芹様! 『約束、ちゃんと守れた……芹様も守ってくれた……』」
「当然だ。私は二度も同じ過ちは犯さない。それに彩葉もそんな不義理はしない」
「あ……心の声……『そっか、聞こえちゃうのか。変な事考えないようにしないと……』」
私の言葉に芹は微笑んで首を傾げる。
「変な事とは何だ?」
「な、何でもないです! 『ファーストキスやり直したいとか言ったら絶対に呆れられちゃう! はっ!』」
私はそこまで考えてハッとして芹を見つめた。心の声を制御するのは大変難しい。案の定、芹はおかしそうに口の端を上げて私の顔を覗き込んでくる。
「別に呆れたりしない。彩葉の好きな時にすれば良い」
「うぅ……どうやったら心を無にできるんですか? 『はずかしすぎるでしょ! こんなの!』」
「裏表を持たない事だな。それか、私が聞こえない振りをするかだ」
「それは結局聞こえちゃってんだよねー。彩葉、おはよう。無事に目覚めて何よりだ」
真顔でそんな事を言う芹の背後から声がする。部屋に入ってきたのはシンと狐達だ。
狐達は腕や首に痛々しい程包帯が巻かれている。私はそんな二人を見て思わず涙を浮かべた。
「先輩たち!」
「彩葉! ようやく目が覚めたんだな! お前、3日も寝てたんだぞ!」
「彩葉、少し寝坊がすぎるのではないですか? 二条や友人達が心配していましたよ」
「ご、ごめんなさい『二人とも、ちゃんと学校に連絡入れてくれてたんだ……なんて出来た先輩たちなんだろう。あと怪我、大丈夫なのかな。芹様に噛みつかれたのかな』」
感心したように二人を見ると、二人は満更でもない様子で照れてみせる。一方、芹は。
「私は噛みついてなどいない。多分」
私の心の声に反応した芹が拗ねたように言うが、そんな芹を狐達がじっとりと見つめているので、やはり噛みつかれたのだろう。
「もう駄目かと思いました」
「僕も。何度もピンチには追い込まれたけど、今回ばっかりは流石に色々覚悟したな」
「神堕ち芹様、容赦無かったですもんね……『戻ってきてくれて良かった……本当に良かった』」
「全くだ。彩葉のファーストキスのおかげだな」
「そ、それは言わなくて良いんですよ! 『うぅ……ちゃんとやり直したい。乙女のファーストキスがあんな唇カサカサとか信じられない!』」
思わず私が視線を伏せると芹は感慨深そうに頷き、狐達とシンは眉根を寄せている。
「それさ、彩葉の心の声何とかしないとね」
「僕もそう思います」
「ウチもです。聞いてられません」
「何故だ。便利なのに」
「そりゃ君はいいさ。でもなぁ……」
そう言ってシンはちらりと私を見る。
「そ、そんな変な事考えてませんよ! 『だって仕方ないじゃん! 本当にショックだったんだもん!』」
「これからはいつでも出来る。そんなに気に病むな、彩葉」
「それはそうかもしれませんけど……ん? 『どういう意味だろう? 私は芹様の事好きって言っちゃったけど、芹様って結局私の事どう思ってるの? キスだってそうだよ。儀式じゃないって言ってるのに力回復しちゃってたし……もしかして芹様に何も伝わってないんじゃ? そもそも人外に告白した所でカウントされるのかな? 芹様は前に人間とは結婚しないって言い切ってたよね? でも鬼籍に入ったら一生面倒見てくれるとか言ってたけど……あれ? もしかしてこれ、私ってば死ぬまで独身なんじゃないの!? だってこの先絶対芹様より好きな人出来ないもん! えー! デートとかもいっぱいしたいし、結婚式だってしたいし赤ちゃんも欲しいのに! でも芹様は鈍そうだからなぁ……だって山だし……そう言えば子どもも山なのかなぁ……あ、蛇とか? え、卵生むの? 私もしかして卵生むの?』」
思わず考え込んだ私を見て何故か全員が噎せた。