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第127話『時宮の最後』

 芹が返事をした途端、芹が今まで見たことも無い程光った。その光はさっきの私の力とは比べ物にならない程の光で、思わず私は目を瞑ってしまう。


 次に目を開けた時には芹は大蛇の姿に戻っていたけれど、その体は以前よりもずっと真っ白に輝いていた。


「芹!」

「芹様!」


 その姿を見てシンと狐達が叫んだ。


 すぐさま人の姿に戻った芹は私を抱いたまま空を駆け周り、その光で蠢いていた神堕ちを一瞬で消し去っていく。私はそんな芹をずっと見ていた。


「な、何故だ! あの状態で戻るなど考えられない!」

「あれが……天野の血……欲しい! 絶対に欲しい!」

「ど、して……? 私のキスじゃあんなに光らなかったのに……」

「はぁ。作戦の練り直しね。帰るわよ、お父様、お母様、伽椰子」


 それを見た時宮の人たちは思い思いの反応をしたが、そこへスイっとシンが姿を現した。


「あれ? まさかこのまま無事に帰れると思ってる?」


 突然現れたシンを見て時宮は顔を強張らせたけれど、百合子だけは憮然とした態度でシンに言う。


「神は人に直接手出しなんて出来ないはずです。それに時宮の巫女を野心家のあなたが罰するとも思えませんわ」

「へぇ? 僕が野心家か。誰に聞いたの? そんな事」

「誰でもいいじゃないですか。そんなあなたには今は絶好のチャンスでは? 何せ時宮一の巫女を嫁に出来るのですから」


 そう言って百合子は髪をかきあげた。その仕草はとても魅力的だが、シンはそんな百合子を見て鼻で笑う。


「そうだね。でも僕は野心家だから時宮の血よりも天野の血が欲しいんだ。君も見たと思うけど、あちらの方が時宮よりも遥かに上だ。あれほど薄まっていてもね」


 その言葉に百合子は頬を引きつらせてそれでも穏やかに微笑む。


「それは残念ですね。もう純粋な天野の血は手に入りません。代々血を継いだうちと違って」

「それがそうでもないんだなぁ。僕はもうとっくの昔に天野の血を手に入れている」


 そこまで言ってシンはふとこちらを向き、パチンとウィンクをしてきた。それを見てハッとする。梅華だ。彼女は元々は天野の巫女だったのだ。


 流石の百合子もその言葉は予想していなかったようで、息を呑んでいる。


「それからもう一つの質問にも答えようか。天からのお達しでね、時宮の本家を始末してくれ、だってさ。残念だねぇ。せっかくここまで頑張ったのに、君たちはもうこの世界にはいらないそうだ」

「う、嘘だ! 天は我々の味方のはずだぞ!」


 シンの言葉に当主が顔を真っ青にして叫ぶけれど、シンはそんな当主達を見て口の端を釣り上げた。


「誰が、いつそんな事を君たちに吹き込んだんだい? 神にとって人は人だ。シャーマンだろうが力を持っていようが関係ない。神に選ばれた者だけがこの世の輪廻を抜ける。うちの子や彩葉のようにね。けれど君たちにはその輪廻すら与えられない。永遠の無に帰るが良い」


 そう言って芹はスッと手を上げたその時、芹が動いた。


「土地神、こいつらへの引導は私が引き渡す。一度でも堕ちた私のせめてもの天への償いだ」

「おや、これは珍しい。殺生を好まない芹がそんな事を言うなんてね」


 シンは肩を揺らしてその場を芹に譲った。芹は私を片手で抱いたままスッと手を空に差し伸べる。


 その瞬間、空から真っ直ぐに無数の白い光の矢が落ちてきたかと思うと、時宮一族の身体を貫いてそのまま跡形もなく消え去ってしまう。


 後に残ったのは矢で貫かれた時宮の人たちだ。青ざめた顔をして黒く染まっていく自分達の身体を見て口々に叫ぶ。


「た、助けてくれ! 堕ちたくない! あいつらと一緒になどなりたくない!」

「……これで……終わるの……? 時宮の夢が、こんなにも呆気なく……」

「嫌よ! どうしてその子を選ぶの! 芹様! どうして!?」

「私達にこんな仕打ち……許さない。絶対に許さないわ!」


 口々に叫ぶ時宮の一族を見ても芹は表情を変えなかった。ただ冷たい視線を彼らに投げかけていただけだ。


 やがて全てが真っ黒になった時、時宮一族の身体は芹の光の中で溶けて消えてしまった。他の神堕ち達のように。


「これで終いだ。もう会うこともないだろう。時宮」


 静かな芹の声とは裏腹に、その指先は少しだけ震えている。


『芹様』


 きっとこんな事を芹はしたくなかった筈だ。それでも芹は時宮との決着を自分でつける道を選んだ。


 私の身体はもう限界のようで指先すら動かす事が出来なかったけれど、涙だけが溢れる。

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