あんな風に伽椰子に担架を切ったけれど、別に揉め事を起こしたい訳ではないのだ。伽椰子と仲良くなりたいなどとはもう思っていないが、別に出て行って欲しいとも思っていない。ただ神饌の片付けと巫女の仕事を分担してくれればそれで良い。
「お腹、空きましたよね? もう少し我慢できますか?」
コタツに入って呑気にお茶を飲んでいるビャッコに問いかけると、ビャッコはこちらを見上げて頷く。
「巫女が来るまで朝食なんて食べませんでしたから」
「そうなんですか?」
「ええ。狩りに失敗したら二日ぐらい食べない事もザラでした。なので一食抜くぐらいどうという事はありません」
「そうですか」
それを聞いて少しだけ安心して部屋で待っていると、それから幾ばくもなくテンコがやってきた。
「もういいぞー」
「ありがとうございます。それであの、芹様と伽椰子さんは……?」
私の問いかけにテンコは苦笑いを浮かべて肩を竦める。
「明日から伽椰子は神饌を作らないそうだ。そんな訳で巫女、明日からは前みたいに朝食を頼むってさ」
「分かりました。でもどうしてです?」
「後片付けとか雑事は高位巫女の仕事じゃないんだとさ」
「はあ……え、それじゃあ何するんですか?」
「知らね。祝詞でも上げるんじゃね?」
「ああ、確かにそれは伽椰子さんにしか出来ませんね」
「で、それが終わったら19時前でも退勤だってさ。まー仕方ねぇな。基本の神社の仕事が出来ねぇんだから」
フフンと鼻で笑うテンコにビャッコも頷いている。しかしそれほどまでに後片付けや掃除をしたくないのか。それもなかなか凄い。
「ありがとうございました、テンコ先輩」
「おう! で、朝飯何作る?」
「何が良いですか?」
「あれにしようぜ! ホットサンドっ!」
「良いですね。それじゃあそうしましょう。ビャッコ先輩もそれで良いですか?」
「もちろんです! チーズも入れてください」
「分かりました」
炊事場に行くとそこはちゃんと片付いていたけれど、芹と伽椰子は居ない。私はその事に何も思うことなくホットサンドとコンソメスープを作った。
けれど待てど暮せど芹がやってこない。
「ちょっと探してきますね。申し訳ないんですけど、スープを温め直しておいてもらえますか?」
「おう!」
「ウチはサラダを盛り付けておきます!」
率先してお手伝いをしてくれる二人に感謝しながら芹を探して回っていると、本殿の奥の方から何やら声が聞こえてきた。
「芹様?」
部屋に居るのだろうか? そう思いつつ廊下を曲がり芹の部屋へ行くと、襖が少しだけ開いていた。
いけないとは思いつつも朝食の準備が出来た事を告げようと何気なく中を覗きこむと、私の目に飛び込んできたのは何故か伽椰子を押し倒している芹の姿だ。
「……芹……様?」
襖の前で私は固まったままぽつりと呟くと、その声を聞いて芹と伽椰子が同時にこちらを見た。その途端、伽椰子は口元を上げて薄く微笑む。
一方芹は冷たい顔で私を一瞥してまた視線を伽椰子に戻したのだ。
「……」
私は固まったかのように言う事を聞かない足をどうにか動かして炊事場に戻ると、3人分の朝食の準備をして早口で言う。
「芹様はお取り込み中のようなので、先に食べましょう」
私の言葉に狐たちは一瞬キョトンとしていたけれど、私はさっさと挨拶をして食べだした。
けれど結局朝食は半分も食べられなくて、半分以上残したまま片付け始めた私を見て狐たちは心配そうにこちらを見つめてきたが、二人には何も告げられないまま私は自室に引っ込んで布団に潜り込む。
「何してたの? 何なの、あれ……」
まだ心臓がバクバクと早鐘のように打っている。何をしていたかなんて明白だ。伽椰子の言う神様のお世話というのはああいう事なのか? だとしたら私には絶対に真似出来ないだろう。もちろんするつもりもない。
何となく芹はそういう事はしないだろうと思っていた。何がこんなにもショックなのか分からないが、知らぬ間に涙が滲んでくる。
「巫女? おーい。大丈夫か?」
部屋の外からテンコの声が聞こえてきた。それに続いて心配そうなビャッコの声も聞こえてくる。
「巫女? あなたが朝食を残すなんて一大事です。大丈夫ですか?」
最初はあんなにも厳しかった二人だが、今はもうかけがえのない友人で先輩だ。この二人に心配はかけたくなくて布団から出た私は、襖を開いて二人に言う。
「少しだけ頭が痛くて。風邪を引いてしまったのかもです。お薬を飲んで寝てればすぐに良くなると思います」
「おいおい、大丈夫かよ? 顔色がめちゃくちゃ悪いぞ」
「薬を持ってきます! 一応病院へ行きますか? すぐに芹様に言って――」
相当酷い顔をしていたのか、私の顔を見るなり血相を変えて芹を呼びに行こうとした二人を私は慌てて止めた。
「大丈夫です! 本当に、大丈夫ですから。芹様には……言わないでください」
懇願するような私を見て二人は顔を見合わせて頷くと、そっと私に毛布をかけてストーブまでつけてくれる。
「お前は今日はもう寝てろ。夕飯はカップ麺食べるから」
「でも!」
「でもではありません! 明日も調子が悪いようなら学校も休むのですよ!」
まるでお母さんのような物言いに思わず頷くと、二人はそれぞれ私の頭を撫でて部屋から出ていく。そんな二人を見送って私は思わず独りごちた。
「嘘ついてごめんなさい……」
と。