そもそも伽椰子とは平日はほとんど顔を合わせない。何故なら私は神社に戻るなりすぐに夕食の準備に取り掛かり、出来上がる頃には伽椰子は帰る時間になるからだ。
けれどそんな私の言葉も虚しく狐の二人は完全にしょげ返っている。
「僕、もう食べるの止める」
「ウチも……最近伽椰子のお土産を食べすぎて巫女の昼食を残してしまいそうになるんです……」
「そんな顔しないでください、先輩たち。伽椰子さんもきっと皆と仲良くなりたくてしてるんでしょうし」
「けど……お前は食べられないじゃん」
「そうです……巫女にも食べさせたいと言っても、また週末にねって……でも週末には何も持って来ませんでした……」
「あれは土産らしいからな。伽椰子の善意だ。それ以上を望む訳にはいかない」
「それはそうなんですけど……」
「芹様の言う通りです。私じゃあんな高価な物をしょっちゅう買って来れないので、今のうちに皆はしっかり味わっておいてくださいね!」
そう言って笑うと狐の二人は素直に頷いたが、芹だけはじっとこちらを見つめてくる。
「私は本当にもういらない。どうやら私は巫女の食事の方が口に合うようだ」
「そうなんですか?」
「ああ。伽椰子が持ってくる土産も神饌も齧ってみたが味がしない。だが巫女の物は身体に染み渡る気がするんだ。何故だ?」
「何故だと聞かれても困りますが、私が使うのはこの土地で取れた物ばかりだからでしょうか?」
考えられるとしたらそれぐらいだ。それを芹に告げると、芹は納得したように頷く。
「恐らくそれだな。私は元々山だから余計にそう感じるのかもしれない。巫女、ピザとフライドチキンをここで作ってみてくれ。あとカップではないラーメンも食べてみたいのだが。寿司も良いな」
芹は謎が解けたとばかりにあれこれと注文をつけてくるが、これは私の料理スキルが芹のおかげで(せいで)無駄にアップしそうだ。あと流石に家で寿司は握れない。
それから私はレシピの研究をし始めた。少しでも店の味に近づけようと。
そんなある日の週末、伽椰子が朝からやってきて皆の朝食の準備をしている私を追い出していつものように神饌を作り出した。
私もそれに少しずつ慣れてきていて、その間に洗濯物を済ませて境内と本殿の掃除に取り掛かるのだが、毎日伽椰子が掃除してくれている割に毎週境内も本殿も汚れている。
それを不思議に思って洗濯物をしている私を相変わらずじっと見ている芹に問いかけてみた。
「芹様、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「境内と本殿の掃除なんですけど、平日って誰がしてくれてるんですか?」
出来るだけ穏便にと思って芹に問いかけると、何故か芹が首を傾げる。
「誰も。雑事は自分がするから手を出すなと伽椰子に言ったのだろう? この間商店街で会った時に言われたと言っていたぞ?」
「へ? いや、そんな事一言も言ってないです……けど。そもそも伽椰子さんと商店街でお会いした事がないんですけど……」
一体何の話だ! 私の言葉に芹が表情を変えた。
「そうなのか?」
「はい」
「……そうか。分かった」
芹はそれだけ言って立ち上がると、そのまま本殿に消えていく。それを見送って手水舎の氷を割っていると、そこへ伽椰子がやってきた。
「ご苦労さま」
「お疲れ様です。終わりましたか?」
「ええ。おかげさまで。それにしてもあなた、自分の立場もわきまえずに芹様に直接告げ口なんてするのね。少し失望してしまったわ」
「へ?」
告げ口? そう思いつつ首を傾げると伽椰子は冷たい顔で言う。
「時宮ではね、誰に言われなくても下の者が率先して雑事を全て引き受けるの。上の者は神饌を作り、神様のお相手をする。それが決まりなのよ。そんな事も知らない?」
その言い方に少しだけカチンときてしまったが、どうにか怒りを飲み込んで出来るだけ冷静に言う。
「知りません。ご存知の通り私は神職を学んでいないので。あと、ここは今はまだ時宮の神社じゃありません」
それだけ言って手水舎の氷を割っていつものようにお湯をかけると、踵を返す。そんな私を伽椰子がどんな顔で見ていたのかは知らないが、どうやら私は徹底的に伽椰子とは気が合わないようだ。
炊事場に戻ると今日も相変わらず片付けは一切されていない。そんな様子に狐たちと顔を見合わせてため息を落としていると、そこへちょうど芹が現れて炊事場の状態を見て口を開いた。
「これは伽椰子か?」
「……芹様……はい」
「そうか。巫女、片付けなくて良い。端に寄せておけ。今後は伽椰子の後始末をお前がする必要はない。お前たちもだ」
「え、でも」
「私から言う。テンコ、伽椰子を呼んでこい。巫女は部屋に戻っていろ」
「いきますよ、巫女」
「は、はい」
ビャッコに手を引かれて部屋に戻ると、私はついソワソワしてしまった。