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第66話『映画デビュー』

「もちろんです。見てみますか?」

「良いのか?」

「良いですけど、二時間弱ありますよ? 芹様途中で寝ちゃって蛇になって暴れたりしません?」


 訝しげに芹の顔を覗き込むと、芹は自信満々にコクリと頷く。本当だろうか? 疑わしい。


「巫女、私は神だ。神に二言はない」

「そうですか? それじゃあ、ちょっと準備してきますね」


 映画を見るには色々と準備が必要だ。私は立ち上がって炊事場へ行くと、各種お菓子と温かいココアを人数分入れる。


 部屋に戻ると、狐たちも本を読むのを止めて芹と一緒に映画について調べていた。


「皆さん、はいこれ。映画を見る時はお菓子と飲み物がセットです」


 机の上に持ってきたお菓子とココアを置くと、映画をセットして電気を消す。雰囲気は大事だ。


「巫女、お前は私の隣だ」

「はい」


 何故? そう思いつつ芹の隣に移動すると、皆で映画鑑賞会が始まった。


 途中テンコが憤ったりビャッコが鼻を啜りだして大変だったが、芹は食い入るように映画に見入っている。


 気がつけば皆お菓子も食べずに映画を夢中で見ていて、時折誰かがココアをすする音だけが聞こえてきた。


 映画が終わってエンドロールも終わると、私は部屋の電気をつけて振り返った。


「どうでしたか?」


 するとテンコは放心したような顔をしているし、ビャッコの前には空になったティッシュの箱が転がっている。そして肝心の芹はと言えば――。


「なるほど……色んな形の愛、か」


 映画に感銘を受けたのか、芹はほぅと息をついてカップに残っていたココアを飲み干す。


「巫女、映画はこれしか無いのか?」

「いえ、映画は好きなので色々ありますが、とにかく時間を取られるので今日はもう終わりです。週末の夜に一本だけです!」


 芹のこの言い方だと他のも見せろと言い出しかねないと思って先に告げると、意外にも芹はコクリと素直を頷いた。


「分かった。確かにこれはなかなか精神を消耗する。ではまた来週のこの時間だな」

「なぁ巫女、他にどんなのがあるんだよ?」

「他ですか? 他にはアクションとかSFとかファンタジーとか色々ありますけど」


 というか、むしろ映画は今はもうサブスクで見る時代だ。


 それを三人に告げると芹はすぐさまテンコに指示をして大手映画のサブスクに入会していた。こういう時は本当にフットワークの軽い神様だ。


「これは良いな。感情が分からない私に持って来いではないか」

「まぁ、確かにそうかもですね。だったら毎週それぞれ気になったのを一本ずつ見ますか?」

「そうだな。では来週は私が選ぶ」


 既に気になる物があるのか、芹はスマホを見つめながら言う。そんな芹を見て狐たちと顔を見合わせて笑ってしまった。


 それから毎週末、それぞれ気になる映画鑑賞会が開かれるようになったのだが、誰から言い出した訳でもないのにこの事は誰も伽椰子には話さなかった。何だか仲間外れにしているみたいで嫌だったが、芹が黙っておけの一点張りだったので仕方ない。


 伽椰子はと言えば、芹にキツく言われた事で少しだけ大人しくなった。


 それでも未だに私への当たりはキツイが、狐たちへの態度はかなり軟化したように思う。


 大学生の伽椰子は冬休みらしく、今も元気に登校中の私とは違って最近では毎日狐の二人に食べ物を持ってきてくれるらしい。今日は何とピザだったそうだ。


「いいですね~ピザ。美味しかったですか?」


 夕飯の支度をしながら狐たちに問いかけると二人はにこやかに頷く。そんな様子を芹がダイニングからつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「芹様は食べなかったんですか?」

「私には相変わらず神饌ばかりだ。ピザとやらを私も食べてみたかったが、全部食べ終えるまで伽椰子はこの二人を監視しているんだ」


 不貞腐れたように言う芹に私は苦笑いを浮かべて言う。


「きっと伽椰子さんも言い過ぎたなって思ったんですよ。でもピザか……私も大分食べてませんねぇ」


 ピザなんてそれこそパーティーの時ぐらいしか食べない。


「そうなのか?」

「はい。結構お高いんですよ、ピザって」

「では今度のピザは巫女にも置いておきましょう! 巫女はもっと豊満になるべきです!」

「ビャッコ先輩、ピザで豊満になるのは余計なお肉なので……でも久しぶりに食べられたら嬉しいです!」


 こんな話をしたのが一週間前だ。あれからも伽椰子は毎日何かを持ってきていた。


 そしてとうとう三日前に芹も食べるという事を知ったらしく、芹も伽椰子のお土産の仲間に加わったけれど、それらが私の口に入った事はただの一度もない。


「……巫女……ごめん」

「すみません……どうしても残すなって……沢山食べるのを見たいんだって言われて、それで……」

「……すまん」


 三人の言葉に私は苦笑いして頷いた。ダイニングにはフライドチキンの良い匂いが今も充満している。


「私は良いんですよ! 伽椰子さんは三人に食べて欲しくてわざわざ買ってきてくれてるんですから」


 笑顔で言うと、三人はそれでもすまなさそうに視線を伏せていた。

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