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第65話『芹、興味を持つ』

 居た堪れなくなった私は急いで炊事場に戻り芹が最近ハマっている梅昆布茶と梅の甘露煮を持ってダイニングに戻ると、芹の前にそっと置く。


 それを見て伽椰子が何か言いたげに口を開いたが、その前に私は言う。これ以上放っておくと、伽椰子と狐たちがヒートアップしそうだと思ったのだ。そこに芹まで参戦したらそれこそ大変な事になってしまう。


「芹様、先輩方、そこらへんにしておいてください。それにほら、19時ですよ」


 私の言葉に芹はふと時計に視線を移し、無表情のまま立ち上がった。


「伽椰子、時間だ」

「で、でも私はまだ――」

「聞こえなかったか? 時間だ」


 有無を言わさない態度の芹を見て伽椰子は悔しそうに視線を伏せて言う。


「お勤めは……」

「今日はもう十分力を得た」

「……」


 黙り込んだ伽椰子には申し訳ないが、私はそれを聞いて少しだけホッとしていた。今日は目の前であんな熱烈なキスを見なくて良いのか、と。


 それから皆で伽椰子を見送り、無言のままダイニングに戻ると狐の二人がしょんぼりとした様子で珍しく大人しく席についた。


 そんな二人に遅れて戻った芹が静かに言う。


「前にも言ったはずだ。伽椰子と当時の時宮の人間はもう無関係だと。何故あんな事を言ったんだ」

「……それは……」

「申し訳……ありません」

「謝れとは言ってない。何故だと聞いているんだ」


 冷たすぎる芹の声に思わず私は二人の後ろに回り込んで小さな背中を撫でた。


「芹様、このお二人があんな事を言い出したのは、あなたの事を悪く言われて怒ったからですよ」

「そうなのか?」

「そうです。伽椰子さんが言ってたじゃないですか。姉は芹様を邪神だと言う、と。お二人はそれに怒ったんです。伽椰子さんはきっと口を滑らせただけ。それをこの二人はちゃんと理解していたけど、それでも芹様の事をそんな風に言われるのが嫌だったんですよ」

「……そうか」


 私の言葉に芹は二人をじっと見つめて呟く。その顔は珍しく戸惑っている。


「お二人とも芹様の事が大好きなんです。芹様が伽椰子さんに怒った理由とこのお二人が怒った理由は同じです。でも、お二人もあんな風に言っちゃ駄目です。伽椰子さんを傷つけてしまいましたよ、きっと」

「……ああ。悪かったなって思ってる」

「少し、言い過ぎてしまいました……」

「明日、一緒に謝りましょう。きっと許してくれますよ」


 そう言って二人の背中を撫でると、二人はコクリと頷いた。


 そんな二人を見て芹は何か言いたげに口を開いたが、次の瞬間私のお腹が小さくキュルルと鳴る。


「……」


 皆の間に長い沈黙が流れた。思わず両手で顔を覆った私の耳に芹の笑い声が聞こえてくる。


「夕食の時間だ。巫女の腹は時間に忠実だな」

「……すみません」

「お前たち、話は終わりだ。準備を手伝え」

「は、はい!」


 芹の笑いを堪えた優しい声に狐たちはパッと顔を輝かせて立ち上がる。そんな二人を見て芹は目を細めていた。


 夕食を終えてお風呂も済ませた私が部屋へ戻ると、そこには既に狐たちがコタツに入って寝転がり思い思いに過ごしている。


「なぁ巫女、これ続きないのか?」


 テンコが私に見せて来たのは中学生の頃にハマっていたラノベだ。


「ありますよ。確かこっちの箱に……ああ、これです」

「おー! 気になって夜しか眠れないとこだったぜ」

「寝てるじゃないですか。巫女、これの続きは?」

「それもこの箱ですね」


 ビャッコが尋ねてきたのは漫画だ。もうすっかり本や漫画を読むことは無くなってしまったけれど、いつか読むかもしれないと思って古本屋に持って行けなかった。物語は良い。いつだって違う自分になれるのだから。


「面白いですか?」

「ああ、割と」

「ヤキモキしますね。じれったいです」

「そういうのを楽しむんですよ、ビャッコ先輩」


 コタツを占領されているので布団の上に座って髪を乾かしていると、いつものようにそこへ芹がやってくる。


「巫女、今日のキスの時間――なんだ、お前たちまた巫女の部屋に入り浸っているのか」


 呆れたように芹は乙女の部屋に入ってくると、ちょこんと私の正面に正座をした。


「今日はいらないんじゃなかったんですか?」

「巫女のは欲しいな」

「そ、そうですか」


 真顔で言われて私は芹の肩に手を置いて頬にそっとキスをすると、芹は満足げに頷いて光った状態のままふと今しがたラノベと漫画を取り出した箱の中を覗き込み映画を一本手に取った。


「巫女、これはなんだ?」

「それは映画ですね。お気に入りなんです」


 芹が手にしたのはオムニバス形式で進んでいく愛がテーマの映画だ。色んな形の愛が語られているのでとても良い。


「映画……見た所本とは違うが、映画とは一体?」

「テレビで見るものですよ。観劇みたいのが録画されてるんです」

「ほう。ここでも見られるのか?」


 興味津々で映画のパッケージを見ている芹に私は頷いた。

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