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第63話『価値観の違い』

「それは良いわね! 是非そうしてちょうだい! 『良かった。本当に少し元気になったみたい』」

「はい!」


 それから米子としばらく談笑していると、ようやく拓海が帰ってきた。そして私達の大荷物を見て急いで車を出してくれる。


「あの時に言えば良いのに! 何遠慮してんだよ」

「流石に送ってくださいだなんて言えませんよ! でも助かりました。ありがとうございます」

「いやいや、今度から遠慮は無しだから! ちゃんと言う! 返事は?」

「はい」


 苦笑いを浮かべて頷いた私を見て拓海は参道のすぐ下に車をつけてくれて、おまけに一番重いお米を上まで運んでくれた。そんな拓海に私は買ったばかりのお菓子を渡してそこで別れる。


『私が出る幕は無かったな』

「あ、当たり前です! 送ってもらえなくても流石に芹様に荷物持ちはさせられませんよ!」

「そうです! その時はテンコが頑張ります!」

「僕だけ!? ビャッコも頑張れよ!」

「嫌です。ウチは力仕事は向いていません」


 唐突に言い合いを始めた二人は荷物を持って本殿に戻っていく。よくよく考えればあの二人は成人を軽々運べるほど力持ちなのを今になって思い出す。


 そんな二人の背中を見送って芹が元の姿に戻った。


「帰るぞ、巫女。今日も色々と収穫があった。やはり人の心に直接触れると回復も早いな」


 そう言って芹は自分の手の平をじっと見つめているが、その手は確かにいつもよりも輝いている。


「そうなんですか?」

「ああ。言っただろう? 神とは本来人の願いや声を聞いて力を蓄えるんだ。お前や伽椰子から力を分けてもらうのは苦肉の策に過ぎない」

「そっか……でも今日みたいな感じでも回復するんですか?」

「そのようだな。私は今まで願いを聞くと回復すると思っていたが、実際は声を聞くことが大事なのかもしれない。今それを痛感している。よし、巫女。私はこれから毎日お前と共に行動しよう」

「え!? ほ、本気ですか?」

「本気だとも。今までは願いの時にしか同行しなかったが、日々の暮らしの中にも回復する術があると分かった。これを無駄にする理由はない」

「そ、そりゃそうかもしれませんけど」


 別に芹がついてくる事自体は困りはしないが、そんな事になったらまた伽椰子に何か言われそうだ。


 そんな事を考えていると、芹がまた花の姿に戻った。何事かと思いながらも花を髪に挿すと、本殿から伽椰子がツカツカとこちらにやって来るのが見える。


「随分と遅かったのね」

「すみません。あ、それからお正月にこの境内で餅つき大会をする事になったのでお知らせしておきますね!」


 厳しい伽椰子だがきっと喜んでくれるだろうと思っていたのに、その話を聞いた途端伽椰子の顔が険しくなる。


「なんですって?」

「新年の餅つき大会です。ここが廃神社になる前にここでそういう行事をしてくれていた方が居たそうで、せっかく氏子さん達も戻って来始めてるしちょうど良いかと思うんですけど」


 私の問いかけに伽椰子は眉を釣り上げた。


「あのね、ここはそういう事をする神社ではないの。あなた、ここの神社の歴史を知らないの?」

「文献に残っていた事しか知りません」


 というよりも、それ以外でどうやって知れというのだ。そう思いつつ伽椰子を見上げると、伽椰子は途端に鼻で笑う。


「はぁ……文献ね。だったら仕方ないわね。あのね、芹様はこの神社が出来るまでずっと荒御魂と呼ばれていたの。それを封印したのが時宮家。それからずっと芹様の鎮魂の為に時宮家は心血を注いできたの。良い? ここはお祭り騒ぎをするような神社では決して無いのよ。覚えておいてちょうだい」

「芹様が荒御魂?」


 それは違うのでは? そう思いつつ伽椰子を見上げると、伽椰子は真面目な顔をして頷いた。芹の話では芹山の霊力が強すぎたから大蛇の姿を与えられたのだと言っていたが、伽椰子の話では芹は荒御魂だったのだと言う。


「そうよ。だからいつまでも厳格で厳かであるべきなの。年末年始は私も実家に帰らなければならないのに、あまりおかしな事をしないでちょうだい」


 あの一件から伽椰子の私への当たりがキツイが仕方ない。本殿は一般的には人が立ち入るべきではないのだから。


 ただ言わせてもらうとあれは芹自身が招いたのだ。それにこの餅つき大会だって芹が楽しみにしている。


「伽椰子さん、ごめんなさい。でもこれは芹様からの言いつけなので餅つき大会は開催します。それに大丈夫ですよ。村の皆も手を貸してくれるそうなので、伽椰子さんにご迷惑はおかけしません」


 芹は言っていた。何か意に沿わない事があれば芹の言いつけだと言えと。それを聞いて伽椰子の表情が曇った。


「……芹様が?」

「はい。芹様は氏子さんの願いを叶えたいとお考えです。皆を、この村をとても大切にされています」

「……そう。では私からは何も言う事はないわね。本来ならば神が位の高い巫女を差し置いて一介の巫女と物事を決めるなんて事ありえないけれど」


 それだけ言って伽椰子は立ち去った。

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