『流石小鳥遊の子孫だな』
「どういう意味ですか?」
『昔の話だ。小鳥遊と名付けた娘は元は奉公で来ていた貧乏な村の娘だった。けれど心根は誰よりも優しく美しかった。そんな小鳥遊が巫女になってから、今と同じように村人たちは事あるごとに芹山神社に集まるようになったのだ。毎日が賑やかでいつも願いに溢れていた』
「そうだったんですね」
『ああ。だがその時の私は今よりもずっと無機質で、それが当たり前の事だと思っていたんだ。だからあんな失敗を犯したのかもしれない』
何かを思い出すような静かな芹の声に私は何て声をかければ良いか分からなくて、ぽつりと出た言葉は――。
「芹様も楽しみましょうね」
だった。そんな一言に芹の小さな笑い声が聞こえてくる。
『そうだな。きっとこういう感覚を楽しみというのだろう』
「芹様がまた新しい感情を!」
「凄いぞ巫女! 芹様が楽しみにしてるぞ!」
何だか褒めているのか貶しているのかよく分からない二人に頷くと、伽椰子に頼まれた買い物をどうにか済ませて米子の元へ急いだ。
「米さ~ん!」
玄関先で声をかけると、米子はすぐに出てきてくれた。そして私の大荷物を見てギョッとしたような顔をしている。
「一体どうしたの、そんなにも沢山の荷物持って『いっぺんに全部切れたのかしら?』」
「いや~ちょっと色々事情が――」
私がお茶を濁そうとしたのに、横から顔を出した狐たちが私の前に躍り出て早口で買い物前に起こった事を米子に全て話してしまった。
それを聞いた米子の表情が曇る。
「もうちょっと待ってなさいな。拓海に車を出してもらいましょう」
「え!? いいですいいです! 拓海さんもお忙しいのに!」
「何を言うの! こんな大荷物抱えてこの雪の中山登りなんて危ないわ! それにこの二人も居るし『心配だわ。危ないわ。女の子と子ども二人なんて、絶対に駄目よ!』」
米子の心の声がダイレクトに聞こえてきてしまって私は恐縮しつつも頷いて、結局米子の家で休ませて貰うことにした。
「あ~ぬっく! なぁ、やっぱりでっかいコタツ買おうぜ!」
「別にいりません。巫女の部屋に集まれば事足ります。そんな事よりもウチはお掃除ロボが気になっています」
『そう言えば気がつけば皆、食事の後は巫女の部屋に集まっているな。なるほど、あれはコタツのせいか。ところでお掃除ロボとはなんなのだ?』
自由気ままな神様御一行は好きな時に好きなことを話す。私が誰の質問に答えようか迷っていると、そこへお茶を持った米子がやってくる。
「急に呼びつけてごめんなさいね」
「いえ、たまたま拓海さんと商店街で会ったんですよ。どうかしたんですか?」
「いえね、今日八百屋の支倉さんがお邪魔したでしょう?」
「あ、はい。お餅すごく美味しかったです!」
「そうなの。あそこのお餅は本当に美味しくて。そうじゃなくて、支倉さんにもう一人の巫女さんのお話を聞いたのよ」
「あー……はは! すみません、何かなかなか上手くいかなくて」
本当は私だって伽椰子とは仲良くしたいし、した方が芹の為にも良い事は分かっているのに、どうしても歩み寄れない。
それは私と伽椰子の価値観が違いすぎるからだ。そして頭ごなしに言われるとついカッとなってしまう私の短気な性格も災いしている。
苦笑いを浮かべた私を見て米子は眉根を寄せた。
「彩葉ちゃん、もしもこの先その巫女さんと何かあっても、万が一神社を追い出される事になっても、この村の人たちはあなたをもうすっかり受け入れているからね。支倉さんとも言ってたんだけど、もしも彩葉ちゃんが神社を追い出されるような事になったら、部屋を一室開けるつもりだって言ってたわ。うちもそう。きっと他にもそんな風に言う家があると思う。もしかしたら彩葉ちゃんの取り合いになってしまうかもしれないぐらいなの『それぐらい皆この子に助けられているのよ。だからどうか芹神様、この子をお守りください。どうか彩葉ちゃんがこれ以上悲しむ事のないように、どうか……』」
米子は私の手を握りしめて、私を通して芹に懇願するように私の幸せを願ってくれている。まさかこの場に芹本人が居るとも知らずに。
『安心しろ、米子。巫女は私が守る。もう二度と同じ過ちは犯さないと約束しよう』
思いの外優しい芹の声音に狐たちも頷いている。そんな皆の反応に私は思わず涙を拭う。
「ありがとうございます、米さん! 何だか凄く元気を貰った気がします!」
「そう? 大丈夫なの? 何かあったらすぐに言うのよ?」
「はい! 万が一神社を追い出されたら皆の家を渡り歩こうかな」
芹は絶対にそんな事はしないだろうが、冗談めかしてそんな事を言った私に米子は微笑んで頷いた。