呆然としている私の元へ杵と臼を探しに行っていた狐たちが駆け寄ってきた。
「おーい巫女! 杵と臼見つけたぞ! てか、あいつらもう帰ったのか?」
「杵と臼はあったのですが、カビが酷くてこれはもう買い替えた方が――何かあったのですか?」
二人は私を見上げてギョッとしたような顔をしているが、伽椰子とやりあった事などこの二人には言えない。
あれは伽椰子が神職を学んでいるからこその怒りだったのだろうというのも理解出来るから。
けれどやはり芹の氏子をあんな風に扱ったのは許せない。
「大丈夫です! 寒くてちょっと鼻水が」
笑ってごまかす私を見て狐達は安心したように胸を撫で下ろす。
三人で本殿に戻ると、そこには芹の傍らにくっついて一方的に話している伽椰子の姿があった。
芹は本殿に戻った私に何か言いたげに口を開きかけたが、私が一礼してそのまま炊事場に行くのを見て芹も何も言わずに頷く。
炊事場に行くとゴミ箱の上にある見覚えのある風呂敷が目に入った。それはさっき誠司達が持ってきてくれたお餅を包んでいた風呂敷だ。
「え、まさか!」
私が急いでゴミ箱を開けると、そこには二人がわざわざこの雪の中持ってきてくれたお餅が入ったパックが捨てられている。
「嘘でしょ」
ここまでするか?
そう思いつつゴミ箱の中を漁っていると、間の悪いことにそこに芹が現れた。
「巫女、私の餅は……何が起きた」
ゴミ箱の中に両腕を突っ込んでいる私を見るなり、芹が近寄ってきて私が拾い上げたそれを見て珍しく眉根を寄せる。
「芹様、これは――」
「貸せ」
「え?」
芹は私の手からゴミ箱の中から拾い上げたお餅が入ったパックを取り上げると、中を開いて徐ろに餅に齧りついたではないか!
「芹様!?」
「巫女も食べるか? 美味いぞ」
「え、あ、はい。どうも」
ゴミ箱に入っていたとは言えパックに入っていたので中身には支障がない。私は芹に言われるがままお餅を受け取るとそれに齧りついた。やはり美味しい。
その途端、また涙が滲んでくる。そんな私に芹は静かに言う。
「私は何も聞かない。私が唯一知る感情は怒りだ。それを認識してしまうと何か間違いを起こしてしまうかもしれない。昔のように。ただ、誰が何と言おうともお前はここに好きなだけ居ていい。それを忘れるな。お前は私の巫女だ」
「……はい」
荒みかけていた心が芹の言葉で少しずつ解けていく。
その後、私は涙と一緒にアンコのお餅を平らげた。
二人でこっそりとお餅を食べた後また境内の掃除をしていると、足元に狐達がまとわりついてきて転げ回る。
「こらお前たち、巫女は仕事中だ。邪魔をするな」
「芹様! 寒いのにどうして出て来ちゃうんですか!」
「寒いが外で賑やかな声が聞こえたら出てきたくなるだろう?」
「そんな事言ってると、また伽椰子さんに叱られますよ」
何気なく言うと、芹がふとこちらをじっと見て言う。
「放っておけ。好きに言わせておけば良い。こちらはもう何百年もこうして暮らしてきたんだ。長年放置しておいて今更とやかく言われる筋合いは無い。お前も狐たちの言葉を借りればここでは伽椰子の先輩だ。意に沿わぬような事を言われたら私に言いつけられているのだと言っておけ」
「そ、そんな事言っちゃっていいんですか?」
というか、さっきはっきりと伽椰子にお前のほうが下だ宣言をされたばかりなのだが。
そんな事を考えていると芹はさらに続ける。
「構わない。固定資産税とやらを誰が払おうが、ここは小鳥遊と私が守った神社だ。この本殿に住むことが出来るのも、私とその子孫と神使だけだ」
「そうです! ウチはもう腹が立って腹が立って! あの女!」
そう言ってビャッコは徐ろに雪玉を木にぶつけている。それを見てテンコも面白がって雪玉を握り始めた。
「そうだぞ! 芹様は好きで毎日巫女が料理している所を見てるんだ! こいつが気が利かないからじゃないぞ!」
「なんだ、そんな事を言われたのか。だから巫女は私を座らせたのか?」
「はい、まぁ」
告げ口するみたいで嫌だから黙っていたのに、朝の事をあっさりとテンコにバラされてしまう。
「仕方の無い娘だな。まぁしばらくしたら飽きるだろう。ところで巫女、正月は餅つきをするのか?」
「出来たら良いなって思いました。誠司さんと美智子さんはここで毎年してた餅つきがとても思い出深いようなので」
「そうだな。餅つきは誠司の父が始めた事だ。熱心にここの掃除をしてくれていてな、殆どの者がここを忘れ去っても、あの男だけは死の間際まで私に礼と詫びを言っていた」
「……どうしてそんなに?」
「戦後、この村もほとんどが空襲で焼け落ちて当時の宮司と巫女がこの村を捨てた時、この神社の本殿は奇跡的に無傷で生き残った。逃げ遅れた者の中に子どもを抱えた者や妊婦も居てな。私は単純に減ってしまった氏子が増えるのならと言う理由で本殿を開放し村の者を受け入れたのだが、そこで生まれたのが誠司の父だったんだ。きっとその話を幼い事から聞かされていたのだろう」
「そうだったんですね……そっか、だからあのお二人はあんなにも芹様の事を慕ってらっしゃるのか」
他の人達とは比べ物にならない程あの二人は芹を慕っている。それはそういう経緯があったからなのだ。