「ところでどうして突然お餅なんですか?」
「ああ、もうじき年末だからな。機械の試運転してたんだ」
「試運転! 誠司さんと美智子さん達の所は年末にお餅つくんですか?」
「そうよ~。まぁつくのはお正月なんだけど。昔はね、ここでお正月にお餅をついていたのよ!『楽しかったわね……またやりたいわ』」
「ここが廃神社にならないようにって皆で持ち回りで世話してた時にな。ちょっとでも盛り上がればって言ってうちの親父がやり始めたんだ『懐かしいな。あの頃はもう宮司も巫女も居なくて皆もすっかり芹神様の事を忘れかけてた。ずっと見守ってくれてらっしゃったのにな……』」
心の声に思わず私が芹を見上げると、芹は何か考え込むような顔をしておもむろに立ち上がり本殿の奥に消えてしまった。
「流石に代を追う毎にそういう事をしなくなってしまってね。皆も歳を取るし、外に働きに行く人も増えてきていつの間にかしなくなっちゃったの『ここが取り壊される寸前まで行ったのを止めてくれたのはこの子なのよね……きっと芹神様がこの子をここに呼んだんだわ』」
「そうだったんですね。私もやってみたかったな。お餅つき」
「良いじゃん! これも巫女の仕事の一貫だぞ!」
「そうです! 餅を丸めるのはウチの右に出る者はいませんよ! ちょっとウチ達は杵と臼を探してきます!」
乗り気な二人が喜びながら本殿を去って行ったその直後、突然ガラリと本殿の扉が開いたかと思うと伽椰子が鬼のような形相で上がり込んできた。
「あなた達、ここで何をしているのですか!? ここは本殿ですよ!?」
「伽椰子さん、お帰りなさい」
「ん? 新しい巫女さんか?『見たことの無い顔だな。別嬪さんだ』」
「あらあら、新しい方?『今度はまた随分と気の強そうなお嬢さんねぇ』」
突然怒鳴り込んできた伽椰子を見ても二人は対して動じた様子も無いが、そんな二人に向かって伽椰子はさらに言う。
「私はここの正式な巫女、時宮伽椰子と申します。失礼ですが、部外者は本殿には立ち入り禁止です。今すぐここを立ち退いてください」
伽椰子は誠司と美智子を冷たい顔で見下ろすと、きっぱりと言い切った。それを聞いて思わず私は立ち上がる。
「伽椰子さん! こちらのお二人は芹様の立派な氏子さんです! その言い方はあまりにも失礼です!」
そもそもここに二人を案内しろと言い出したのは芹だ。
「失礼なのはあなた達よ。ここは神の住む社。そこにズカズカと入り込んで食事をするなんて、常識が無いとしか思えないわ。大体あなた、一体どんな頭をしてたら神の社にただの人間を招こうと思えるの?」
「ただの人間って……それは私達もですよ。芹様と神使以外は巫女だってただの人間です!」
「違うわ。少なくとも私はあなたとは血統が違う。由緒正しい巫女なのよ。あなたが先にここへ来たかもしれない。けれど元々ここは時宮の神社。私が戻ったからにはここでの立場は私の方が上なのよ」
立場が上だとかそんな話はどうでも良い。ただ私は許せなかった。芹が心を砕いて守ってきた人たちをこんな風に侮辱する伽椰子が許せなかったのだ。
私は伽椰子を睨みつけると、ポカンとする二人の手を引いて立ち上がった。そんな私の様子を見て伽椰子は勝ったとでも言いたげに鼻を鳴らし本殿の奥へ消えていく。
「ごめんなさい、せっかく来てもらったのに……」
本殿を出て二人と手を繋いで参道を下りている途中、私が唇を噛み締めて呟くと、そんな私を見て二人の方が申し訳無さそうな顔をする。
「何で彩葉ちゃんが謝るんだよ! 俺達は芹様の氏子だって叫んでくれた時は嬉しかったぞ!『それにしても何なんだ、あの巫女は! 時宮はいつまで経っても変わらないな!』」
「そうよ! 私達こそ早くお暇すれば良かったわ。それにあの巫女さんの言う事も正しいものね『だけどあんな言い方しなくても……彩葉ちゃん、大丈夫かしら。もしもあの子にここを追い出されたら、うちに来るよう伝えるべきかしら……』」
二人の言葉に、心の声に私は急いで首を振った。
「ちが! だってあの時は……いえ、他の神様は確かに本殿に必要以上に誰かを入れたりしないと思います。でも芹様は違う……そんな方じゃありません。あの方は本当に優しい方なんです……こんな寒い中でもお参りに来てくれた人を、無下に帰したりは絶対にしません」
この二人を追い出した事は芹の本意ではない事を伝えたいあまり、思わず涙を浮かべる私を見て二人が同時に慰めてくれる。何だかそれが申し訳ない。
「芹神様がお優しいのは知っているわ。大丈夫。それよりも私は他所から来た人なのにそんな風に芹神様の事を思って泣いてくれる人が居る事の方が嬉しいわ」
「そうだな。あの方はこの村じゃ土地神様と同じぐらい大切な神様なんだ。確かに一時廃れてはいたが、今はもう彩葉ちゃんのおかげで皆が芹神様の事を思い出した。彩葉ちゃん、今年の年末年始は忙しくなるぞ! きっと参拝客が押し寄せるからな! その時はまた参道に迎えに来てくれ」
笑いながらそんな事を言って私の背中を撫でてくれる二人に感動しながら私は残りのお餅を受け取って別れを告げた。
私がお餅を胸に抱えて参道を上がると、鳥居の下に腕組をしてこちらを見下ろす伽椰子の姿がある。
「それは?」
鳥居の下まで辿り着くと、伽椰子は冷めた口調で問いかけてきた。
「芹様へのお供えです」
「芹様はそんな物召し上がらないわ。3日間共に過ごしたけれど、一度も何も召し上がらなかったもの。貸しなさい」
「え? ちょっと!」
私が何か言う前に伽椰子は私の腕の中から今しがた貰ったお餅を奪って本殿に消えた。