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第57話『思い出』

 そんな事があった翌日、修学旅行が無事に終わり週末は本来であれば私も他の友人たちのように旅行の疲れを家でのんびり癒やしたい所だったが、神社の巫女に休みなどない。


 今日も境内を掃除して手水舎に張った氷を取り除き、水が出てくる蛇を象った所にお湯をかけると凍っていた水が勢いよく流れ出した。


「ふぅ、さむっ!」


 手を擦り合わせて息を吹きかけると指先がジンジンと痺れてくる。


「巫女! なぁ雪だるま作ろうぜ!」

「巫女! 雪合戦をしましょう!」

「お二人とも元気ですねぇ」


 振り返るとそこには雪に塗れた狐たちが人の姿で転がりまわっていた。そんな姿を眺めていると、参道の方から誰かの楽しそうな話し声が聞こえてくる。


「誰か来たみたいですね」

「ほんとだな。この声は……ああ、八百屋の誠司だ」


 テンコの言葉に私は急いで参道を覗き込んで息を呑む。


「誠司さん! ちょっと、ちょっと待っててくださいね! すぐに行きますから!」


 誠司は足が悪い。それなのにこんな豪雪の中、奥さんの美智子と一緒にわざわざこの神社にやってきたらしい。


 私は参道を出来るだけ急いで駆け下りると、躊躇うことなく誠司の手を取った。


「どうされたんですか! こんな雪が積もってるのに!」

「おお、すまんな彩葉ちゃん。はは! 今日は足の調子が随分と良くてな。ちょうど良いから散歩がてら久しぶりに芹様にご挨拶にって話になったんだ『最近は寒いから滅多にこの子達も下りてこんしなぁ』」

「もう、聞いてくれる? この人止めても聞いてくれないのよ!『こんなにも寒いのに足の調子が良いだなんて、やっぱり芹様のおかげかしら』」


 そこへ私の後を追ってテンコとビャッコが雪まみれのままやってきた。


「おい! 足の調子が良いからって調子乗るとすっ転ぶぞ!」

「そうですよ! 滑って転んで大腿骨を折って死んだらどうするのですか!」

「ちょちょ、お二人とも!」


 相変わらず口の悪い二人に、それでも誠司と美智子は嬉しそうに微笑んでいる。


「なんだなんだ、その言い草は。せっかくつきたての餅持ってきてやったってのに」

「餅!? それ速く言えよ。ほら、登んぞ」

「テンコ先輩!」


 あまりにも変わり身の早いテンコに思わず叫ぶと、誠司も美智子も笑顔を浮かべて坂を登り始める。


「相変わらず彩葉ちゃんはこの二人の事を先輩呼びなの?」

「はい、何かもう定着しちゃって」


 苦笑いを浮かべる私に二人も微笑んで頷く。私がこの二人の事を先輩と呼んで敬語で話すのは、ごっこ遊びの一貫だと言う事になっているのだ。


 私達は誠司と美智子を支えながら坂を登った。ふと視線を感じて見上げると、そこにはいつもよりもずっと優しい顔をした芹がこちらを見下ろしている。


 芹はこちらに向かって手招きしたかと思うと、次いで本殿を指差す。どうやら本殿に二人を連れて来いと言っているようだ。


 私は狐たちと顔を見合わせて頷くと、芹に言われるがまま二人を本殿に案内した。


「い、彩葉ちゃん、流石に本殿に入るのは――『神でもないのに本殿に入るなんて!』」

「大丈夫です。芹様はそんな事で怒りませんから」


 というか、芹が本殿に入れろというのだ。


 私は芹の言う通り本殿を開けてすぐの所にある広い部屋に座布団を置き、ストーブを部屋から運んでくる。


「足は大丈夫ですか? 伸ばして楽にしてくださいね、美智子さんも」

「ありがとう。お餅を渡してすぐに帰る予定だったんだが、ありがとな『本殿の中はこうなっていたんだなぁ。芹様にも感謝しないとな』」

「ちょっとあなた! そんなジロジロ見回さないのよ!『もう恥ずかしい! それにしても本当に良いのかしら』」

「おーい、お茶持ってきたぞ~。餅食おうぜ~」

「それから新しい漬物も持ってきました」


 狐たちはいそいそと二人の前にお茶と漬物を置いて早速お餅に手を伸ばしている。


「彩葉ちゃんも食べてちょうだい! うちの家で代々伝わるお餅なの。昔は杵と臼でついてたんだけど、流石にそれはもう出来ないから機械に頼っちゃったけど『私達が小さい頃は正月に皆でここで餅つきをしたわねぇ……懐かしいわ』」

「そうなんですね! いただきます」


 きな粉がまぶしてあるお餅に齧り付くと、まだモチモチフワフワだ。


「お、美味しい……」

「そうか? 喜んでもらえて良かった!『機械でついた物でも案外いけるんだが、やっぱり杵と臼でついたのとは比べもんにならんのだよなぁ』」


 二人の心の声に私は耳を傾けていた。どうやら昔はここで餅つき大会があったらしい。そんな事を考えていると、ふとまた視線を感じる。


 思わず振り向くと、そこには芹がちょこんと座って何か言いたげにこちらを見ていた。


「あの、これ少し頂いても良いですか?」

「もちろんよ! どうして?『そんなに気に入ってくれたの?』」

「とても美味しいので芹様にもお供えしようかと思って」


 それを聞いて誠司と美智子は手を叩いて喜ぶ。


「まぁ嬉しい! 芹神様もお気に召してくださると良いんだけど!」

「喜ばれますよ、きっと!」


 私の言葉にいつの間にか近寄ってきて私の隣に座っている芹が頷く。本当は今すぐにでも食べたいのだろうが、ここで突然お餅が消えたらそれはホラーだ。


 私は芹にもストーブが当たるように身体を少しズラすと、芹はそれに気づいたかのように私に寄ってきてホッと息を吐いている。

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