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第56話『お説教』

「彩葉さん、ちょっと良い?」

「あ、はい。何でしょう?」


 伽椰子に呼ばれてその場を離れると、伽椰子は笑顔のまま私を見下ろして言う。


「芹様は神様よ。あなたとは次元の違う方なの。友達ではないのよ。そんな口の利き方が許されると思うの? それにどうして芹様をあんな所に座らせているの? こういう事しちゃいけないって少し考えれば分かるわよね?」

「……ごめんなさい」

「今までどんな風にここで過ごして来たのかは知らないけど、本殿に住み込んでる事も含めてあまりにも常識が無さすぎるわ。まぁでもまだ女子高生だものね。子どもなんだから仕方の無い事なのかしら」


 ため息混じりにそんな事を言って伽椰子は1人戻り芹を連れて去っていくが、私は突然叱られた事にショックを受けていてしばらくその場から動く事が出来なかった。


 その後ようやく空いた炊事場で朝食を作ろうとしたが、出しっぱなしの食器に後片付けがされていないシンク、切ったままの野菜くずが放ったらかしてある。


 それを見て私は思わずぽつりと呟いた。


「こういのもちゃんとしてよね……」


 偉そうに説教するなら後片付けまできちんとしてほしい。私が仕方無くそれを片付けていると、そこへようやく狐たちがやってきた。


「うお! なんだ、これ」

「なんて汚い! 巫女……じゃ、ありませんね。あの女ですか」


 鼻を鳴らして辺りを嗅いだビャッコはそう言って眉根を寄せる。私は何も超えたえはしなかったが、その後二人は後片付けを無言で手伝ってくれて朝食の準備まで手伝ってくれた。


 なんて素晴らしい神使達なのだろう。この二人をここから追い出す気でいるのなら、恐らく私も黙ってはいない。自分の事ならいくらでも我慢出来るが、大好きな人達の扱いが悪いのは許せない。


「芹様のご飯はこれから神饌っていう物を伽椰子さんが作られるそうです」

「は? いや、それ多分芹様食べないと思うぞ」

「そうなんですか?」

「ああ。だって芹様が飯食うのはお前が作るからだよ。そもそも人の生活を学ぶ為なんだから、神の為の飯食うメリット無いじゃん」


 テンコの言葉に私はハッとした。そして急いでもう1人分を作り置きする。


「それは誰の分です?」

「芹様のです。一応、作っておこうかなって」

「良い心がけですね。ほら、いらっしゃいましたよ。一口も食べていない神饌を持って」


 ビャッコの台詞に振り返ると、そこには芹が沢山の野菜や果物が乗った皿を持ってやってきた。


「良い匂いだな」


 芹はそれだけ言って本当に一口も口をつけていない神饌を炊事場に置く。


「私の分はあるか?」

「あ、はい。一応作っておきました」

「そうか。まだ皆は食べていないのか?」

「はい。後片付けしていて遅くなってしまったので」


 言いながら味噌汁を温め直していると、芹は私の手元をじっと覗き込んでくる。 そこへ伽椰子がやって来た。


「それでは芹様、行って参ります。……それから彩葉さん、ちょっと」


 それを聞いて私はまたか、と思いつつ味噌汁の火を消して廊下に出ると、案の定伽椰子はまた大きなため息を落とす。


「ねぇ彩葉さん、あなたどうしてそんなに気が利かないの? さっきも言ったけど、芹様を立たせっぱなしってどういう事?」 

「すみません、気をつけます」


 それだけ言って炊事場に戻ると、淡々と芹に言う。


「芹様、すみません、どうぞあちらにお座りください」

「……何故」

「それは――」


 私が何か言おうとするよりも先にテンコが芹の背中を押して椅子に座らせる。どうやらこっそり聞き耳を立てていたようだ。


 渋々と言った感じでダイニングに向かった芹の足元にパネルヒーターを移動させると、芹は少しだけ微笑む。


「お前が使え、巫女」

「大丈夫です。もう大分温まりましたから」

「そうか」


 たったそれだけの会話だが、伽椰子に叱られて萎んでいた心が少しだけ回復する。そんな私達を見て伽椰子がどう思っていたのかは分からないが、無言で神社を出て行ってしまった。


 伽椰子が出て行ったのを確認したビャッコは炊事場に戻って来るなり大きなため息を落とす。


「ウチ達は巫女の味方です。食べましょう」

「……はい」


 心の中でビャッコにお礼を言いながら席につくと、テンコも心配そうに私を見上げてくる。


 ただ1人芹だけはそんな様子に気付く様子もなく私の作った朝食を食べ始めた。


「芹様、ところであれどうします?」


 炊事場を指差すとそこには神饌が置いてある。初めて見たが、神饌というのは野菜や果物、乾物をそのまま供えるらしい。


「……どうするも何も全て生だぞ。どうしろと言うのだ」

「それはそうなんですけど、勿体ないので料理にしちゃっても良いですか?」

「もちろん。こんな食事を知ってしまった今となっては、あれは食べる気が起きない」

「ですが芹様、昔は全部あんなだったじゃないですか」


 美味しそうにおにぎりを頬張るビャッコに芹は頷いた。


「その通りだ。だから私は食べなかった。そもそも誰なのだ、神には素材しか与えてはいけないなどと言い出したのは。せめて熟饌であればな」

「熟饌?」

「ああ。神饌には生饌と熟饌があってな。調理をした神饌を塾饌という。つまりこういう物だ」


 そう言って芹は魚の開きを適当に切り分けて骨ごと食べている。さすが大蛇だ。

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