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第55話『力の質』

 ちょこんとコタツに入った芹の頬に身を乗り出して仕方無くキスすると、芹がいつものようにパァっと光った。


 それを見て芹は満足そうにうっすらと微笑み、狐たちも腕を組んで頷いている。


「やっぱり巫女でないとな」

「そうです。ほら芹様! ウチが言った通りだったでしょう!?」

「そのようだ。ふむ。頬でこれだからな。口から受け取ればどれほど回復するのだろうな」


 そう言ってちらりとこちらを見た芹に私はそっぽを向いて答えた。


「しませんよ。他の人と簡単にキスするような人とは、私はキスしません」

「人間にとってキスというのはそんなにも意味を持つものなのか」

「人によるかも知れませんが、少なくとも私は誰とでもキスなんて出来ません」

「そうか。巫女と伽椰子はキスの観念が随分違うということか。まぁ、力の質がこれほどに違うのだからそうなのだろうな」

「力の質?」

「ああ。お前たちの力の質は全く違う。伽椰子の力は戦闘に向いた性質を持っているが、お前は違う。どちらかと言うと癒やしの力が強い」

「癒やし……」

「そうだ。巫女の力はそれぞれに得意とする分野が違う。それは天性のものだ」


 きっぱりと言われて私は頷くと、紙袋の中からお土産を一つずつ取り出した。


「これ、皆にお土産です」


 そう言って1人1人の前にお土産を置くと、三人は物珍しそうに手に取り見つめている。


「これは何だ?」

「それはシーサーのぬいぐるみです。芹様は夜になるとすぐに大蛇になって徘徊しようとするじゃないですか。だからそれがちょっとでも防げないかなって魔除けにしてみました」

「……神の私に魔除けを渡して来たのはお前が初めてだよ、巫女」

「そうですか? 神様にも魔除けは必要ですよ。それからテンコ先輩のはTシャツです! 可愛くないですか?」

「お、良いじゃん! ありがとな」

「ビャッコ先輩には浮き玉モチーフのブレスレットです!」

「なかなか趣味が良いではありませんか」


 いそいそとお土産を受け取って着替えたりブレスレットをつける二人を見て、芹は何か言いたげにシーサーのぬいぐるみを揉んでいる。


 そんな芹達の前に私は琉球ガラスで作られたお猪口を差し出した。


「私はまだ飲めませんが、いつか皆でお酒も飲みたいなって思ってこれも買っちゃいました!」


 取り出したのは5人分のお猪口だ。それを見て芹も狐たちも首を傾げる。


「何故5人分なのです?」

「え、だって伽椰子さんのも無いとなって思ったんですけど……」


 ぽつりと言った私を見て狐たちは大きなため息を落とし、芹は苦笑いを浮かべる。


「そういう所が巫女だな」

「全くだ。お前は本当に……」

「馬鹿みたいに毒の無い女ですね」

「え、それ褒めてませんよね?」

「褒めている。私は」


 何故か微笑む芹と呆れたような狐たちに首を傾げつつ、私達は遅くまで沖縄のお菓子を食べながらスマホで撮った写真を見て土産話をしていた。


 翌朝、私が朝食の準備の為に畑で野菜を収穫していると、伽椰子が大荷物を持ってやってきた。


「おはようございます、伽椰子さん」

「あら、おはよう。早いのね」

「はい。皆の朝食を作らなきゃなので」


 そう言って収穫したばかりの野菜を見せると、伽椰子は肩を竦める。


「そうなの。今日からは芹様の分は私が作るわね」

「え?」

神饌しんせんを作るのは巫女の大事な仕事よ。神に俗世に塗れた物はお供えしてはいけないの」

「そうなんですか。では先輩方の分はどうすれば良いですか?」


 芹はこの間カップラーメンなどという俗世に塗れまくった物を食べていたが、それはきっと言わない方が良さそうだ。


 そう思いつつ狐たちの食事の事を尋ねると、伽椰子はキョトンと首を傾げる。


「先輩方って?」

「えっと、テンコ先輩とビャッコ先輩です」

「ああ、あの二人の分はあなたにお任せするわ。どのみちいずれは神使も芹様に相応しい位の高い物を付けなければね」

「……」


 芹や狐たちが聞いたら怒りそうな事をサラリと言ってのけた伽椰子は、私を炊事場から追い出して芹の食事の用意をし始めた。


 仕方なく私がその他の家事をして時間を潰していると、そこへ芹がやってくる。


「こんな時間に洗濯か。珍しいな」

「伽椰子さんがさっきいらっしゃって芹様の神饌を作るんだって言うので、炊事場が使えないんです」

「伽椰子が? そんな事は頼んだ覚えがないが」

「でも神饌は大事な仕事だからって言ってましたよ」

「……神饌か。嫌な予感がするな」


 それだけ言って芹は私が洗濯物を干すのを軒先に座って眺めていたが、やがてそこに伽椰子がやってきた。


「彩葉さん、終わったわよ――芹様! どうしてこんな所にいらっしゃるのですか? あなたは神です。本殿をあまり出ないでください」

「何故」

「神というものはそういうものだからです。本殿を開けるとそこに魔が入り込みますよ」

「それに関しては大丈夫だ。私の部屋には魔除けが置いてある。なぁ? 巫女」

「う、反省してますってば」


 そんなにシーサーのぬいぐるみが気に入らなかったのかいつもの調子で嫌味を言ってくる芹に言い返すと、そんな私を伽椰子が呼んだ。

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