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第54話『儀式と言う名のキス』

 修学旅行に行く前にきちんと片付けて出たはずなのに、何故か布団乾燥機が出してあったり、特大ビーズソファがくぼんでいたり、お菓子のカスが落ちているのを見る限りどうやらこの狐達は私の部屋を自由に使っていたようだ。


「えっと、せめてお菓子のクズは捨てておいてくださいね、先輩方」


 笑顔で言うと、二人はコクリと頷いて慣れた様子でコタツの電源を入れる。


「で、どうかしたんですか? テンコ先輩」

「お前、ここを辞めたりしないよな?」

「なんですか、急に」

「そうですよ。あんなにも伽椰子にデレデレしておいて、今更何を言っているのですか!」


 その言葉にテンコがひくりと引きつるので、私は思わず問いかける。


「デレデレしてたんですか? テンコ先輩」

「し、してない! それは作戦だ!」

「作戦? 何のですか?」

「あいつ、時宮の巫女の本心というか目的が知りたかったんだ」

「目的? 普通に芹山神社の為に尽くしたいんじゃないんですか?」

「そんな訳あるかよ。さっき芹様がお前が小鳥になるまではここに居てもらうって言った時、時宮の巫女は一瞬顔を歪めたんだ。僕はそれが気になって仕方ない。それに今も聞いてたろ? あいつはここに住む気満々だ」

「あれは単純に本殿に人間を住まわるのは良くないと思ってるだけんなじゃ?」

「だったら別にお前の代わりにここに住むだなんて言い出さないだろ!」

「確かに」


 芹に名前を呼ばれた事が嬉しくてすっかり忘れそうになっていたが、確かに伽椰子はそんなような事を言っていた。


 けれど芹も言っていたではないか。決めるのは私だと。


「大丈夫ですよ、テンコ先輩。私、ここを辞めたりしません。前に言ったじゃないですか。芹様がもう私をいらないって言うまで私は辞めませんって。それに芹様の信者をもっと増やさないといけませんし」


 テンコの手を握って笑顔で言うと、テンコはようやくホッとしたように微笑む。


「そうかよ。ま、辞めたいって言っても辞められないけどな! 辞める時は芹様だけじゃない。僕達先輩達の許可だっているんだぞ!」

「そうです! 私達と芹様の許諾があって初めて巫女はここを辞める事が出来るのです! 肝に銘じておきなさい!」

「はい!」

「よろしい。ではお土産を開けましょう。沖縄は何が美味しいのですか?」


 私の返事を聞いてビャッコが部屋の隅に置いてあったお土産が沢山入った袋をコタツの上に置いた。それを開けようとしたその時――。


「やはりここか。お前たち、伽椰子が帰る時間だ」


 襖が音もなく開いて芹がやってきた。その後ろから伽椰子が部屋を覗いて微笑む。


「あら、可愛らしいお部屋ね」

「あ、ありがとうございます」


 どういう意味の可愛いなのだろうか? 


 勝手に言葉の裏を想像して卑屈になりそうなのをグッと堪えつつ、私は紙袋の中から沖縄のお土産を伽椰子に手渡した。


「これ修学旅行のお土産です。ベタで申し訳無いんですけど」


 そう言って伽椰子に沖縄でとても有名な紫芋のお菓子を渡すと、伽椰子は笑顔でそれを受け取る。


「わざわざ私の分までありがとう。気にしなくても良かったのに」

「とんでもないです。これからきっとお世話になる事も多いと思うので」


 これは本当だ。何せ伽椰子は悔しいが神職を学んでいるのだ。そこは私も認めざるをえない。ペコリと頭を下げた私に伽椰子は口元に手を当てて笑顔を浮かべると、ふと芹に向き直った。


「そう言えば芹様、今日のお力をお渡ししていませんでしたね」

「ああ、そう言えばそうだな」


 芹が答えた途端、何故か突然テンコとビャッコが狐の姿に戻って私の肩に駆け上ってきたかと思うと、私の目を小さな手で塞いだ。


「ちょ、お二人とも!?」

「子どもは見るな!」

「そうです! 見てはいけません!」

「何なんで――っ!」


 狐たちの小さな手の隙間から見えたのは、伽椰子が背伸びをして芹の首に腕を回してキスをする姿だった。思わず息を飲んだ私とは違い、伽椰子は嬉しそうに頬を染めてちらりとこちらを見る。


「ごめんなさい、こんな所ではしたなかったわよね。でも今日のお勤めをすっかり忘れていたの」

「はあ」


 それ以上何も言えなくてポカンとして芹を見上げたが、肝心の芹は全くの無表情だ。キスをされても相変わらずピクリとも微笑まない芹にそれはそれで恐怖を覚えてしまう。


 それにしても伽椰子は積極的だ。こんなにも積極的なのに、どうして今まで芹山神社を放棄していたのだろう? 本気で謎だ。


 思った以上に目の前で繰り広げられたキスの破壊力が凄まじかったのか、私の脳は完全に考える事を放棄していた。


 それと同時に芹にとってキスは本当に力を供給する為だけの行為なのだという事を知った。


 固まる私と憤慨する狐たちを他所に芹がパンと手を打つ。


「時間だ。見送るぞ」

「はい」

「はい。え?」

「伽椰子が帰るのです。なので、皆で見送りですよ」

「ああ、そういう」


 芹が言い出したのか何なのかは分からないが、とりあえず私の知らない間にルールが出来ていたらしい。時計を見るとまだ19時だ。


「芹様、せっかく彩葉さんが戻ってらしたのに!」

「契約は契約だ。伽椰子はそれにサインをしただろう?」

「ですがあれは土地神様が考えた契約書で……」

「違う。あれは私と土地神が考えた物だ。時宮をもう一度ここに招く事自体土地神は反対していた。それを押し切ったのはそちらだ。契約には何があっても従ってもらう」


 厳しい芹の声に伽椰子は仕方なさそうに頷くと、私を見て眉を下げる。


「ごめんなさいね、彩葉さん。本当はもっと沢山お話したかったんだけど」

「あ、いえ。これからもお話する機会は沢山あると思うので、契約の方を優先してください」


 実際に芹の機嫌を損ねてしまってまた深夜の登山をするのは嫌だ。あの真っ白な大蛇を思い出して青ざめた私を見て伽椰子は少しだけ眉を潜めたが、狐たちに急かされるように部屋を出ていく。


 それから皆で伽椰子を送り出し部屋に戻ると、何故か一緒になって芹までついてきた。


「えっと、芹様、既に19時ですよ? そろそろ寝る時間じゃ?」

「そうだが、まだ巫女から力を貰っていない」

「え、いります?」


 あんな目の前で熱烈な力を貰っておきながら、よくそんな事を言えるなという思いを込めて芹を見ると、芹は特に悪びれる事もなく頷いた。

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