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第53話『時宮 伽椰子』

 神社に戻るとまずはビャッコが飛びついてきた。そこに少し遅れてテンコも飛びついてくる。


「巫女! どうして連絡しないんだ!」

「そうです! 雪のせいで道が見えず、用水路などに落ちて凍死でもしたらどうするのですか!」

「ご、ごめんなさい。あとビャッコ先輩、そんなにも具体的に私の死因を想像するの止めてください」


 田舎にありそうな事故に思わずゾッとした私の耳にコロコロと可愛らしい笑い声が聞こえてきた。ふと視線を上げると、そこには本殿から今しがた出てきたであろう、伽椰子と思われる女性がこちらを見て笑っている。


 綺麗な人だ。ストレートの黒髪は艷やかで、きっちりと切り揃えられた前髪と品の良い顔立ちはまさしく良い所のお嬢様である。


「はじめまして。あなたが小鳥遊さん? 私は時宮伽椰子。よろしくね」

「あ、はい。はじめまして。小鳥遊彩葉です。よろしくお願いします」


 頭を下げると、伽椰子は口の端を上げて微笑んで私を見下ろしてきた。


「今までごめんなさいね、ここを放ったらかしにしていて。芹様にあなたの事情はお伺いしたわ。でももう大丈夫。ちゃんと時宮家がここを引き継ぐという話を進めているから、あなたはもう自由よ。もちろんこの神社の為にお支払いした固定資産税もきちんとお返しするわ」

「え、でも……」


 何気なく隣の芹を見上げると、芹はちらりと私を見下ろす。


「だ、そうだが巫女、どうする?」

「どうするって……」


 そんな事をいきなり言われても、何の心の準備もしていない。


 返答に困っている私を見兼ねたのか、私が答えるよりも先にビャッコが私の腕の中から身を乗り出して叫ぶ。


「巫女は芹様の巫女です! あなたが巫女の事を決める事は出来ません! もちろん巫女にも決定権はありません!」

「え!? わ、私にも無いんですか?」

「当然です。巫女はもう芹様の巫女なのですから!」

「ビャッコ、別に巫女は私の持ち物という訳ではないのだぞ」

「いいえ! いいえ! 巫女はようやく戻ってきた小鳥遊の巫女です!」

「!」


 その言葉に芹が顔色を変え、じっと私を見下ろしてくる。


「え、えっと?」

「そうだったな。お前は私の巫女だった。悪いがもうしばしここの巫女で居てもらう。せめてお前が小鳥になるまでは」

「は、はい」


 芹の言葉に私は内心ホッとしつつも横目で伽椰子を見ると、伽椰子はそんな私達を見てやっぱり微笑んでいる。案外ヤキモキしていたのは私だけなのかもしれない。そう思うと子供っぽすぎて恥ずかしい。


 それに私は決めたのだ。誰が何と言おうと、芹に出て行けと言われるまでこの神社の巫女を辞めたりはしない、と。


「寒いから入りましょう、芹様」


 気を取り直した私がそっと芹の手を握ると、芹はコクリと頷いて私を引っ張るように歩き出す。そんな私の腕の中でテンコがまるでぬいぐるみのようにじっと伽椰子を見つめていた。


 本殿に入ると狐たちに急かされるようにお風呂に入れられ、いつものようにダイニングに向かうとダイニングからこんな声が聞こえてくる。


「――ですが芹様、彩葉さんはまだ高校生ですよ? 私も高校時代があったので分かりますが、高校の時はそれこそ友人と過ごすのが楽しくて仕方ありませんでした。それに彼女はまだ高校2年生です。こんな所に縛り付けていては可哀想だと思いませんか?」

「それは巫女が決める事だ。私や伽椰子が決める事ではない。私は巫女と約束をした。巫女が自らここを飛び立つまで、巫女をここに住まわせると」

「芹様……何度も言いますが、彼女の家賃は私が出しますから。流石に本殿に住まわせるのはどうかと思うのです。本殿は本来あなたや神使の社で、巫女とは言え一介の人間が住むような場所では――」

「私の意思であってもか?」

「え?」

「私の意思で巫女をここに住まわせているのだと言っている。ここが私の社だと言うのなら、ここに誰を住ませようが私の自由だ」

「ではこうしましょう! 私の借りたマンションに彩葉ちゃんを住まわせて、私がこちらに住むというのはどうですか? やはり神職を学んでいる巫女の方が芹様にとっても神使にとっても良いでしょう?」

「なるほど。伽椰子はあまり人の話を聞かないのだな。私が、巫女を、ここへ住まわせたいのだ。巫女というのはお前の事ではない。彩葉の事だ」

「!」


 彩葉。初めて芹が私の名を呼んだ! 


 何だかそんな事に感動していてすっかりダイニングに入りそこねてしまった私のパジャマの裾を誰かが引っ張った。視線を落とすとそこにはテンコが難しい顔をして立っている。


 思わず声を上げようとするとテンコは慌てて口に指を当てて、手招きして歩き出した。どうやらついてこいと言う意味らしい。


 ダイニングを後にしてテンコがまるで自分の部屋のように入っていったのは、紛れもなく私の部屋だ。そしてそこには既にビャッコも居た。

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