沖縄から本土に戻りクラスメイト達はそれぞれの帰路についた。途中まで一緒だった友人たちも1人、また1人と別れていく。
やがて最後の1人になると、途端に言い知れない寂しさと苦しさが込み上げてくる。
いつもならバスに乗る前に芹に連絡をするが、私はその日は迷った挙げ句に連絡は入れなかった。芹は伽椰子の相手で忙しいかもしれないと考えたからだ。
何よりも外はもう真っ暗で夜道は怖いけれど、1人になりたかったのもある。
バス停について荷物を抱えた私はふといつもの癖で電灯を見上げて息を呑んだ。
「おかえり、巫女」
「せ、芹様!? ど、どうして?」
連絡もしていないのに雪の中で何故かいつもの場所に芹が立っている。私は急いで駆け寄って芹の前まで行くと、その手を握ってギョッとした。
「め、めちゃくちゃ冷えてるじゃないですか! 冬眠しちゃったらどうするんですか! カイロは? 持って来なかったんですか!?」
「カイロ……そうだな。いつものカイロの方が温かいな」
そう言って芹が取り出したのはいつものカイロではなく、高級そうな電子カイロだ。
「これ、どうしたんですか?」
「寒いと言ったら伽椰子がくれたんだが、私には温度が低すぎる」
「……」
まただ。伽椰子と芹が呼んだ。それだけの事がまるでナイフのように胸に突き刺さる。
「それよりも巫女、どうして連絡を寄越さないんだ。ビャッコがお前は今日戻るはずなのに連絡が無いと騒がなければ、私はお前が村に入った事に気づかない所だったではないか」
「……すみません。ちょっと旅行が楽しくて忘れてました」
どうにか笑顔を作って言った私の手を芹が握りしめてくるが、その手はいつもよりもずっと冷たい。
「ああ、そうだ。伽椰子がお前にと何やら色々持ってきていたぞ」
「私に?」
「ああ。私の世話をしてくれていたお詫びだとか何とか言っていたが」
その言葉に私は一瞬言葉を詰まらせる。
「……芹様達のお世話をしてる事を伽椰子さんにお詫びされるのは違うと思うんですけど」
「ビャッコもそう言っていたな。私の世話をするのはこれからも巫女だけで、あなたが巫女に詫びる意味が分かりません! などと息巻いていたぞ」
「ビャッコ先輩……」
ビャッコはずっと私に当たりがキツくて嫌われているのかと思っていた事もあったが、それを聞いて何だか胸がジンとする。
「ビャッコは伽椰子への当たりがやたらと強い。どうやらあれは随分と巫女贔屓のようだ」
少しだけおかしそうに目を細める芹を見上げて私は頷いた。
「テンコ先輩は何か言っていましたか?」
「テンコか? テンコは特に何も。あいつは昔からああ見えて冷静だからな。ビャッコの方が激情家だよ」
「良いバランスなのですね」
「そうだな。それにしても巫女、お前その大荷物は何だ」
「これですか? これは皆へのお土産ですよ」
「私達に?」
「はい。それから村の人たちにも」
とは言ってもお世話になっている人たちだけだが。
そんな私の頭を芹がおもむろに撫でてきた。
「な、なんですか?」
「いや。そういう所が小鳥遊の血だなと思っただけだ」
「……そうですか」
そうだ。すっかり伽椰子の事で忘れる所だったが、芹のお気に入りは私の祖先なのだ。
「それにしても電気はやはり万能ではないな。これは伽椰子に返しておこう」
そう言って取り出したのは電子カイロだ。それを見て私はバッグの中から普通のカイロを取り出して袋を開けて芹に渡す。
「どうぞ、芹様。沖縄は思っていたよりもずっと暖かかったので余ったんです」
「こんな物まで持って行ってたのか。流石だな、巫女。……ああ、やはりこちらの方が温かい」
うっとりと目を細めてカイロを揉む芹を見て何かがストンと心に落ちてくる。
芹は神様だ。多分私が考えるような事など一切考えたりしないのだろう。きっと私と伽椰子を比べるつもりも無い。だからこんな事でモヤモヤするのは無意味なのだ。
「芹様、手を繋ぎますか? 多分芹様よりは温かいですよ」
「良いのか? いつも子どもじゃないと言うじゃないか」
「だって、芹様これ以上冷えると冬眠しちゃうでしょ?」
「……それは土地神のせいだ」
少しだけムッとした様子で芹は私の手を取ると、私の荷物を持って歩き出す。
「大丈夫ですよ!」
「前にこの細腕を見ろと言ったのはお前だろう? その細腕にこの荷物はいささか重いんじゃないか」
「そ、そんな前の話よく覚えてますね!?」
「当たり前だ。私は巫女の話を忘れたりしない」
そう言って芹は視線を上げた。その先を辿ると神社の明かりが見える。
「二人ともお前が戻るのを楽しみにしていた。早く顔を見せてやれ」
「はい!」
もう一度言う。芹は神様だ。その芹の前では私も伽椰子も狐達でさえ平等だ。そんな芹の前で私が出来るのは、いつも通りでいる事だけなのだ。