冬の沖縄は本土と違って随分と温かいが、それでもやはり肌寒い。どこへ行っても冬は冬だ。
私はバスの中から景色を見ながらウキウキしていた。前の旅行は確か中学校の修学旅行だった気がする。
「い~ろは! はい、あ~ん!」
「? あーん」
後ろから声をかけられて脊髄反射で口を開けると、チョコレート菓子が放り込まれた。
「ありがと、ムック」
「良いって事よ!『前はあんな地味だったのに最近の彩葉可愛くなったよな~』」
「お礼にこれあげる」
そう言って取り出したのは村で評判の咲子の野菜で作ったピクルスだ。無駄遣いは出来ないのでおやつの代わりに色々と作ってきたのである。
「なん? これ」
「ピクルス」
「なんで!?『おやつにピクルスって! めっちゃウケる!』」
大爆笑しながらも椋浦が私の手からピクルスの袋を奪い取ると、ジッパーを開けて大根を一口齧って真顔になった。
「や、ごめん。これめっちゃ美味しいわ『やば、え? うま』」
心の声と言動があまりにも一致していて思わず笑うと、椋浦はその袋を皆に回している。
気がつけば私はピクルスを漬けるのが上手い人みたいに言われていたが、それは私の功績ではない。全ては咲子の野菜のおかげだ。
「彩葉~、ピクルス食べたよ! あれ手作りなんでしょ!?『レシピ教えてくんねぇかな~』」
バスを下りると荷物を受け取っていた私に細田が飛びついてきた。
「うん。喜んでもらえて良かった。後でレシピ送ろうか? 簡単だよ」
「マジ!? やった! さんきゅー!」
ホテルのロビーでそれぞれの部屋の鍵を貰っていると、そこへバスに同乗していた二条がやってくる。
「よぉ、ピクルス女子高生」
「……もしかして先生も食べたんですか?」
「まぁな。美味かった。それで進展はあったか?」
「それが来週、とうとう時宮さんの巫女さんがいらっしゃるそうです」
「マジか! また聞かせてくれよ進捗」
何故か嬉しそうな二条を軽く睨むと、私は部屋の鍵を受け取りに行った。同室は椋浦だ。
部屋に入って二人でオーシャンビューを楽しみ写真を撮ってロビーに向かうと、既に他の班の人達は外へ繰り出していた。
「ね、ね、私さ、ホエールウォッチングしたいんだけど!」
「良いね! どこだっけ?」
キャッキャ言いながら旅行を楽しんでいた私は、だから何も知らなかった。時宮伽椰子が予定を早めて既に神社にやって来ていた事など。
その夜の事である。すっかりスマホを確認するのを忘れていた私は、温泉を堪能して部屋に戻りベッドに転がってスマホを確認すると、何十件もの電話とメッセージが送られてきていたのだ。
「あれ? どこ行くの? 彩葉」
「ちょっと電話」
「電話? ここですりゃ良いじゃん」
「親戚からなの」
「あー……よし、戦って来い!『応援してるからね! 何か言われたらうちらが倍返ししてやる!』」
「はは、ありがとう」
どうやら椋浦の中で私は天涯孤独になった上に親戚からも虐められていると思われているようだ。
廊下に出て展望デッキに上がった私は芹に電話をした。
すると、電話に出たのはビャッコだ。
『巫女! どうして電話に出ないのですか!』
「すみません、ビャッコ先輩。どうかしたんですか?」
『どうもこうもありません! 時宮の巫女が、時宮の巫女が今日やって来たのですよ!』
「え!? ら、来週って言ってませんでした?」
『言ってましたとも! ですが我慢出来なかった、などと言ってやってくるなり芹様に抱きついたのです! なんてはしたない!』
「だ、抱きついた? 芹様に?」
『そうです! もうテンコとコテンパンに叱りつけてやろうとしたら、あの女、何て言ったと思います!?』
どんどんヒートアップするビャッコに私が引きつっていると、ビャッコは私が何か答える前に話し出す。
『ウチ達の事を可愛らしいわねって言ったんです! 可愛らしいわね、ですよ!?』
「え、駄目なんですか?」
二人はめちゃくちゃ可愛いのだが?
そんな私の心とは裏腹にビャッコが息巻く。
『良い訳がありません! ウチ達は先輩ですよ!? そんな上から目線で口を利くなんて!』
なるほど。どうやらビャッコは伽椰子の態度が気に食わなかったらしい。
「芹様とテンコ先輩は何か言ってるんですか?」
私の質問にビャッコは突然黙り込んだ。
「ビャッコ先輩?」
『……巫女、悪いお知らせがあります』
突然声のトーンを落としたビャッコに私が思わず身構えると、ビャッコは小さなため息を落として言う。
『時宮伽椰子は巫女と違い、豊満なのです……』
「は?」
『はぁ……顔立ちも美人です。ですが! ウチは巫女には愛嬌があると思っています! 洗濯板でも美人でなくても愛嬌があれば大丈夫です!』
「……ビャッコ先輩……」
それは何の慰めにもなっていないのだが。そんな言葉を飲み込んだ私の耳に、芹の声が聞こえてくる。
『ビャッコ、こんな所でこそこそと何をしているんだ? 伽椰子が茶を入れてくれたぞ』
「……」
伽椰子。
芹ははっきりとそう言った。思わず固まった私の耳に、慌てたようなビャッコの声が聞こえてきたかと思うとそこで電話は切れてしまう。
一体どういう事なのだろう。私が修学旅行を楽しんでいる間に伽椰子はやってきて芹に名前を呼ばれて……どうしてこんな事がこんなにもモヤモヤするのだろう。
三泊四日の楽しい筈の修学旅行は、初日の電話のせいで心の底から楽しめなくなってしまった。
それでも友人たちに心配をかけたくなくてどうにか笑顔で乗り切っていたけれど、肝心のスマホは旅行中にもう二度と鳴らなかった。