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第50話『一筋縄ではいかない家』

 私の話に二条は悪びれる事もなく目を輝かせた。


「面白すぎる展開になってるな!」

「先生! 他人事だと思って!」

「悪い悪い。そこ追い出されたらお前本当に宿無しになっちまうよな。そりゃ必死になるわ『どこまでついてないんだ、こいつ』」

「はぁ……時宮さん、良い人だと良いなぁ……」


 ぽつりと漏らした私の頭を二条が撫でる。


「昔の奴らならいざ知らず、一応神職学校行ってるやつなんだろ? だったらそんな罰当たりな事はしないと思うぞ? 何せ社務所だけ焼いちまうような神なんだからな」

「それもやっぱり変ですよね? 芹様がやったのかなぁ……」


 果たして芹がそんな事をするだろうか? それともその前に何かあったのだろうか? 


 それは分からないが、少なくとも戦後に時宮が芹山神社の権利書を手放した事だけは確定だ。


「それもどうなんだろうな。芹様がやったのかどうかは分からないと思うぞ」

「どういう事ですか?」

「考えてもみろよ。時宮が自分達で社務所に火つけたかもしれねぇだろ?」

「どうして!?」


 そんな事をして万が一にも本殿に火が移ったらどうするのだ! 


 思わず身を乗り出した私に眼鏡の奥から二条がちらりとこちらを見る。


「当時の時宮が大蛇を岐阜に移したかったんだと仮定したら、その為には芹山神社の力を削ぐしかない訳だ。だったら曰く付きの神社だと周りに思わせて廃神社にしてしまうのが一番手っ取り早いじゃないか」

「賢い!」

「いや、感心する所じゃねぇよ。どのみち相当罰当たりだろ、そんな事したら」

「ですよね。流石にそこまでしないと思います」


 そうは言うものの、狐たちの話では土地神は時宮に芹が会う事を望んでいないと言う。


 何が真実なのか分からないまま私はそれからも芹山神社について調べようとしたけれど、あまりにも芹山神社の文献は少なすぎた。


 流石の二条もこれ以上の情報は無かったようで、また何か見つかったら教えてやる、と約束してくれたのだが――。


「巫女、再来週、時宮の巫女が来るそうだ」


 ある日、夕食を作っている時に芹に言われた一言に私は無言で頷いた。


「どうした? 嬉しくはないのか?」

「よく……分かりません」


 素直に答えた私に芹は不思議そうな顔をしてくるが、そんな顔をされても私にもよく分からないのだ。


 あれほど迷惑だと思っていたこの神社を、まさかこれほどまでに居心地の良い場所だと思えるなんて思ってもいなかったのだから。


「ふむ……ああ、そうだ。時宮の巫女はここには住まないのでお前は食事係続行だ。あとキスも」

「え?」

「当然だろう? 本殿は本来であれば人が寝泊まりするのは厳禁だ」

「で、でも私は?」


 その理屈なら、本来なら私もここには住めないはずだが? そう思って芹を見上げると、芹は私をじっと見下ろして形の良い唇を開く。


「お前は金も無いのにどこに住むつもりだ? それにお前の仕事には私達の食事も含まれている。そもそもあちらは金持ちなのだろう? 何もここに住まわせなくても良い」

「そ、それはそうかもしれませんけど、伽椰子さんもここに来るかもしれないしって言ってませんでした?」


 確かにまだ一人暮らしをする程のお金は貯まっていないが、芹の口調ではすっかり伽椰子もここに住まわせるつもりなのだと思っていた。


「言ったな。私もそのつもりだったのだが、よく考えたらここは本殿だった事を思い出してな。それにビャッコに部屋がもう無いと言われたんだ。時宮の巫女を住まわせるつもりなら、お前を追い出すしか無い、とな」

「ビャッコ先輩……」


 まさかビャッコが庇ってくれるとは思っても居なかった私が思わず微笑むと、そんな私を見て芹も安心したように小さく笑う。


「そんな事よりも巫女、シュウガクリョコウというのはいつからだ? どこへ行く? いつ戻るんだ? スマホは繋がるのか? 寝る前に必ず連絡をしてくるんだぞ」

「せ、芹様、どうしてそんな急にお父さんみたいな事言うんですか? 何度も言いますけど――」

「もうすぐ18だ、だろう? だが、まだ17だ」

「いや、そうなんですけど……えっと、修学旅行は来週の水曜日から三泊四日で沖縄です。それからスマホは国内なので余裕で繋がりますし、毎晩の連絡はスタンプで良いですか?」

「沖縄か……生憎知り合いは居ないな。時代が変わったとはいえ、簡単に移動できるのも考えものだ。あとスタンプ一つで済まそうとするな。ちゃんと電話してこい」

「い、嫌ですよ! 毎晩誰かに電話なんてしてたら、皆にからかわれるじゃないですか!」


 女子高生の生態を知らない芹はとんでもない事を簡単に言ってくれる。私の抗議に芹は腕組をして難しい顔をしているが、芹の中で私はやはり小鳥の雛なのだろう。


「仕方がないな。だが連絡はしろ」

「分かりました」


 これ以上は絶対に譲らないぞという芹の強い意思を感じ取った私はフライパンに卵液を流し込んでオムレツを作る。


 その様子を芹は感心したようにじっと見ていた。

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