二条は眼鏡を押し上げながら言う。
「だけど廃神社になったのはそのもっとずっと後だぞ?」
「え?」
「そりゃそうだろ! そんな神社怖くて取り壊せねぇよ! わりと現代まで神社としては機能してたはずだぞ。ただ巫女やら宮司は居なくて、地元の奴らが根強く信仰してたってだけだが」
「それはそうかも……」
米子が言っていた。子供の頃はこの坂を駆け上がれたのだと。それはちゃんと舗装されていたと言う事だ。だから芹は未だに消えていないし、神として存在していられるのだろう。
「何回も取り壊されかけたらしいけどな。でもその度に天罰みたいなのが下って、最終的には持ち主が放棄したらしい。それを受け継いだのが誰かまでは分からんが」
二条は眼鏡を押し上げながらお茶をすする。そんな二条を横目に私は考え込んでいた。やはりその持ち主というのが時宮で、それを引き継いだのが小鳥遊なのだろう。
「でも元々は願い事神社だったんですよね?」
「おう。いわゆるどんな願いでも一つだけ叶えてくれるって奴だ。それが叶ったらお礼してまた違う願いごとするって奴だな。文献によるとめちゃくちゃ叶うって噂があったみたいだ」
「それでもそんな大洪水起こしたんですか?」
「そうだ。それだけ力の強い神だ。もしかしたら誰かのそういう願い事も叶えちまったのかもな」
「……感情の分からない神様だから……」
そうだ。芹は最初の頃に自分で言っていたはずだ。人の願いに際限と程度は無いと。それはつまり、こういう事だったのではないか。
私の言葉に二条は納得したように頷く。
「そうとも言えるな。人間の願い事の良し悪しを判断出来ない神だったのかもしれん。まぁ大蛇だしな。逆に言えばもしそれが誰かの願いだったんだとしたら、芹山神社の神様ってのは本当に力の強い神だったって事だな」
二条の話を聞いて、なぜ芹山神社が廃れてしまったのか少しだけ理由が分かった気がする。
芹はやはり昔、大きな間違いを犯したのだ。その原因になったのが何かまではどうやら二条にも分からなかったようだが。
芹宛の手紙が届いてから一週間が過ぎた頃、村にはとうとう雪が降り始めた。
「さっむ!」
布団から這い出して芹が買ってくれたヒーターを付けてその前に制服を置いて身支度をしていると、布団の中から狐たちが這い出してくる。
「お二人とも、ヒーターつけましたよ」
「ん……」
「むにゃ……」
まだ寝ぼけ眼で布団から出てきてヒーターの前(制服の上)で丸くなった二人は身を寄せ合ってまた眠り始めた。冬は狐も寒いようだ。
準備をして炊事場へ行き足元を温めるパネルヒーターを付けて朝食の支度をしていると、芹がいつものようにやってくる。
「おはよう、巫女」
「おはようございます、芹様」
「温いか?」
「はい! ありがとうございます。これ便利ですね」
そう言ってパネルヒーターを指差すと、芹が一歩こちらに近寄ってきて私にぴったりと寄り添ってくる。
「な、なんですか?」
「ここが温い」
「あ、はい」
どうやら芹はその場しか温めないヒーターに当たろうとして近寄ってきたらしい。
「あ、きょうの力補給しておきますか? 今日は帰るの遅くなるので」
「そうなのか?」
「はい。もうすぐ修学旅行なのでその準備があって」
「そうなのか。ところでそのシュウガクリョコウというのは何だ?」
「えっとですね――」
修学旅行について簡単に説明すると、それを聞いて芹は眉根を寄せた。
「それは必ず参加しなければならないのか?」
「そういう訳じゃないですけど、行きたい……です」
旅行なんてほとんどした事のない私だ。是非行きたいのだが、何だか芹は浮かない顔をしている。
「そうか。気をつけるんだぞ」
「はい! あ、でもその間の力補給はどうします?」
「それぐらい大丈夫だ。今までどれだけの年月補給出来なかったと思っているんだ」
「そうでした。お土産買ってきますね! 何が良いですか?」
「何でも構わない。それよりも小遣いは足りるのか? いくらか渡すか?」
「い、いいですよ! 大丈夫です!」
何だか急にお父さんみたいな事を言い出した芹の申し出を笑顔で断って卵焼きを作っていると、足元に狐たちがやってきた。
「ウィンナー入りか!?」
「甘いやつですか!?」
二人は狐のまま私と芹の足の間にどうにか収まり声をかけてくるが、そんな二人に芹が言う。
「お前たち、狭い」
いや、あなたもですよ。咄嗟にそう思ったが、それは流石に伏せておいた。
朝食を食べて神社を出ると、辺りは一面真っ白だ。この状態ではもう愛車では登校出来ないので、いつもよりもずっと早い時間に出発しなくてはならない。
「巫女、忘れ物だ」
本殿を出た所で芹に呼び止められて振り返ると芹は自分の頬を指さしている。
「あ、そうでした! 芹様、かがんでください」
私はすぐさま本殿に戻って芹がかかんだのを確認すると、相変わらずドキドキしながら頬に口付ける。その途端いつものように芹がパッと輝いた。