私は昨夜の事を思い出しながら、授業中にも関わらず芹にまつわる事柄をノートにまとめていた。
「彩葉~? 何書いてんの?」
一心不乱に書き物をしていると、気がつけば目の前に椋浦が立っている。
私はそれに気づいて慌ててノートを閉じると、作り笑いを浮かべて言った。
「ちょっと調べ物。ねぇムック、うちの学校で一番歴史に詳しいのってやっぱサポセンかな?」
サポセンと言うのは話し方がまるでサポートセンターのよ人のようなのでそう呼ばれている、歴史の教師だ。
私の言葉にムックは頷きかけて途中で首を傾げる。
「や、待って。物によるかもだけど、二条のが詳しいかも」
「そうなの? 二条って保健医の二条先生?」
「うん。ほら二条イケメンだからさ、今までも何人かモーションかけて玉砕してんのよ。その時の理由が、歴史オタだったはず」
「歴史オタクなの?」
「らしいよ。あの顔で。人は見かけによらないよね~。でもなんで?」
「ちょっと調べ物に必要なんだ。ありがと、ムック。昼休み行ってみる」
「お~チャレンジャー!」
「そういう理由で行く訳じゃないよ」
何でもかんでも恋愛事に持っていこうとするのはどうかと思うが、この歳で彼氏の1人も居ないのは確かに寂しい事なのかもしれない。
けれど今の私はそんな恋愛に現を抜かしている場合ではないのだ。
昼休み、私はノートを持って保健室に向かった。すると中から数人の女子が怒りながら出てくる。
一体何事だと思いつつドアを開けると、中から冷たい声が聞こえてきた。
「まだ何か用か。怪我でも無いのにいちいち来るなよ、鬱陶しい」
「えっとー……すみません、出直します」
どうやら私は物凄く悪いタイミングでやってきてしまったようだ。抱えていたノートを抱きしめて踵を返そうとすると、部屋を隔てていたカーテンが開いて中から神経質な整った顔立ちの保健医、二条が顔を出す。
「あ、さっきの奴らと違う奴か。悪い。で、どうした? 腹でも痛いか?」
「いえ、そのー……ちょっと質問がありまして」
そう言った途端、二条の眼鏡の奥がギラリと光った。
「またか。今度はなんだ。好きな食べ物か、誕生日か、それとも3サイズか」
「や、そういうのじゃなくて、先生は芹山って言う山をご存知ですか?」
まるで捲し立てるように早口で責め立てられて思わず私が一歩後ずさると、二条は今までよりも随分表情を和らげて頷く。
「芹山な。ここらじゃ有名だぞ。名だたる霊山に名前を連ねる大蛇を祀る山だ。昔はそれこそ有名な願掛け神社があったらしいぞ」
「!」
やはり芹山神社は願掛け神社だったのだ。
目を見開いた私を見て二条は手招きして椅子を叩いた。これは座れという事なのだろう。
二条に言われるがまま椅子に座ると、二条はそっと私の目の前に温かいお茶を出してくれる。
「一気に寒くなったな。緑茶飲んどけ。風邪引かないぞ」
「あ、ありがとうございます。えっと、いただきます。そうではなくて!」
私はお茶を飲みかけて慌ててノートを開くと、二条の前に突き出した。
「私、今芹山神社がどうして廃れてしまったのかを調べてるんです! 先生、何か知りませんか? もしくは知ってそうな人知りませんか?」
その問いかけに二条が今度は嬉しそうに目を細める。
「お前、歴史に興味あるのか?『ヤバい! 芹山の事聞いてくるとか、こいつ相当歴女!?』」
心の声のあまりのキラメキに私は思わずたじろいで首を振る。
「いえ、別にそういう訳ではないんですけど、芹山について興味があるだけです」
「……そうかよ『なんだ、芹山だけか……まぁでもあの山は色々曰く付きだからな』」
何だか不穏な二条の心の声に私は押し黙った。芹にはやはり他にも何かあるようだ。
二条はお茶を飲んで一息つくと、小さなため息を落として話し出した。
「あの村は大分前に一度大洪水に遭ってな、半壊したことがあるんだよ」
「え?」
「その原因があの芹山だった。極端な日照りが続き、その後に起きた豪雨でとんでもない量の鉄砲水を吐き出したんだ。その時に土砂崩れを巻き起こして……いや、あれはほぼ洪水だな。泥と水でほとんどの家や人を飲み込んだんだよ」
「……」
二条の言葉に私は声を失った。それを、芹がやったというのか? だから廃神社になった?
「それ、どれぐらい前のお話なんですか?」
「もう何百年も前の話だよ。その出来事を口伝で伝えた巫女が芹山神社の最初の巫女だったって言われてる。芹山神社は大蛇を祀っていて、元々はその力を抑える為に建てられたらしい。けど芹山神社はあまりにも優秀な願い事神社だった為にその力を更に貯めちまったんだろうな」
「で、でもそんなの芹山だけが原因って訳じゃないですよね!? だって洪水なんて自然災害じゃないですか!」
「いや、何でそんな必死なんだよ。まぁお前の言う通り神社作って祀ったら災害起きないんなら苦労しないよな。でも当時は違う。洪水の原因が山なら、それは荒御魂に堕ちた神がしでかした事だ」
「荒御魂……何でそんな事……」
芹の口から何度か聞いた言葉に私は黙り込んでノートに視線を落とした。