そんな芹の様子を狐たちは睨み付けるように眺めていたが、読み終えた芹は手紙を封筒に戻して軽いため息を落とす。
「何だったんですか? 芹様!」
「教えて下さい、芹様!」
「この間やって来た時宮の人間が私にした非礼を詫びたいという手紙だ。この伽椰子という娘をどうやら私は一度助けた事があるらしい」
「伽椰子? 百合子ではなくて、ですか?」
「百合子? 誰だ、それは」
「この間ここへ前触れもなくやって来た不躾な女です! 私達が正統な跡継ぎなのだから、今すぐここを立ち退くようにと言われました!」
「なるほど。その娘とは別の娘のようだ。この伽椰子というのは神職の大学に通っているそうだぞ。礼を兼ねてここの正式な巫女になり、力になりたいそうだ」
「なかなか見上げた心意気ですね。百合子とは偉い違いです」
「全くだな。ん? 巫女、どうした?」
私はそれを聞いてその場に固まっていた。もしかしたら私の最初の願い通り、この神社に相応しい巫女がやって来るかもしれない。
ここへ来てすぐの頃の私であれば喜んだかもしれないけれど、今はもう手放しでは喜べない。それどころか相手は神職の勉強をしている本物の巫女だ。
「えっと、芹様の晩ごはん作ってきますね!」
そんな浅ましい心を芹に悟られないように私が頭を下げると、芹は軽く頷く。
「ああ、頼む。お前たちはこちらへ。少しこの娘について調べる」
「はい!」
そう言って狐たちは芹と共に本殿へ戻っていく。ビャッコだけが何か言いたげにこちらを振り返ったが、すぐに二人と一緒に本殿に戻って行ってしまった。
「しっかりしろ、彩葉! まだどうなるかなんて分からないでしょ?」
自分の頬を叩いて本殿に戻った私は、炊事場で焼きそばの野菜を切り始めた。田舎はとにかく寒い。おまけにこの神社はボロいのでとにかく隙間風が凄い。
時々手を温めながら切った野菜を洗い焼きそばの準備をしていると、炊事場に芹が現れた。
「ここは寒いな。巫女、こういう所に置くような暖房器具は無いのか?」
「暖房器具ですか? 電気ストーブとかありましたけど、それはお母さんが持ってっちゃってたみたいで。芹様、ここは寒いので私の部屋のコタツにでも入っててください。出来たら呼びますから」
言いながら野菜を炒め始めるが、芹は何故かそこから一歩も動こうとしない。
「芹様?」
「ここらへんはこれからもっと寒くなる。今のうちに何か買っておくべきだな。巫女、暖房器具とやらの一覧を後で書き出しておいてくれ。揃える」
「へ? で、でも今まで別に何も無かったんですよね?」
「そうだが、今はお前が居るだろう?」
「……それは……そうですけど」
もしかして私の為に暖房器具を買おうとしてくれているの? 少しだけ嬉しくなって芹を見上げると、芹はまだ考え込むような仕草をしてさらに付け加える。
「それにもしかしたら時宮の巫女も来るかもしれないからな」
「……そうですね」
一瞬嬉しかった気持ちが今度は一瞬で萎んでいくが、どうしてこんなにも芹の一言に感情が浮き沈みするのか分からない。
そこへ今度は狐たちが飛び込んできた。
「芹様! 時宮の事はやはり土地神が知っていました!」
「そうか。それで伽椰子とやらはやはり時宮家の筋なのか?」
「はい。時宮百合子とは姉妹で、伽椰子は妹です。百合子は岐阜の神社の巫女をしているそうです」
「時宮はここを出た後、岐阜に家を移して神社を立ち上げたそうです。そこの管理を百合子が切り盛りしているようですね」
「分かった。手紙には伽椰子が近いうちに挨拶に来るとあった。時宮家は昔から霊力が高い。時宮の娘が居れば、もしかしたら以前のような力を取り戻す事も可能かもしれない。土地神は他に何か言っていたか?」
「それが……時宮と関わるのは推奨しない、と。特に今はと言っていました」
「ふむ……何故?」
「分かりません」
そこまで聞いてふと思った。土地神はもしかしたら時宮家を良く思っていないのだろうか?
時宮家と芹、そして土地神の間に何があったのか、全く分からない私は完全に蚊帳の外だ。それが寂しいやら悲しいやらで思わず声を張り上げる。
「ほら皆さん! こんな寒い所で難しいお話は止めて、暖かい所に居てください! 風邪ひきますよ!」
そう言って芹の背中を押して炊事場から押し出すと、やっぱり何か言いたげにビャッコが振り返った。
「巫女……」
「ビャッコ先輩、私は大丈夫ですから。出来たらお呼びしますね」
「ええ」
ビャッコは私の顔を見てコクリと頷くと、狐の姿のまま二足歩行で走っていく。
三人が炊事場から出て行ったのを確認した私は、その場にしゃがみこんで両手で顔を覆う。
「はぁ……追い出されたらどうしよう……」
芹は時宮家の巫女が来ても追い出しはしないと言っていたが、未来の事など分からない。
ぽつりと呟いた不安は、寒い空気の中に馴染んで解けていった。