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第42話『孫』

「常子さーん!」

「彩葉ちゃん! 来てくれたのね」


 顔をくしゃくしゃにしながら喜ぶ常子の元へ走っていくと、不意にこんな声が聞こえてきた。


『ああ、近くにあの子達が居たらこんな感じなのかしら……離れて住んでいるから仕方ないけど、あの子達が頑張っているのは分かってるし……せめてもっと顔だけでも見られたらいいんだけどねぇ』


 泣き出しそうな常子の心の声が辺りに響き渡る。


「ごめんなさいねぇ、彩葉ちゃん。本当は自分で出来たら良いんだけど、ハシゴに登るのは止めろってあの人と娘に言われてるのよ」

「そりゃそうです! 危ないから私がやります! どこの電球ですか?」


 常子の心の声は一旦聞こえなかった振りをして常子に案内されるがまま家の中に入ると、常子の趣味なのか部屋の中はカントリー調で統一されている。


「可愛い部屋ですねぇ」

「そう? あの人の趣味なの。ある日突然、北欧家具に目覚めたみたいで50歳から急に大工さんみたいな事始めてね『それで腰痛めるんだから本当に困った人』」

「えっ!? こ、この家具貞治さんが作ったんですか!? しかも50歳から!?」

「そうなの。所々歪んでるでしょ?」


 コロコロと笑う常子の声に隣の部屋からコホンと咳払いが聞こえてきた。


「こら! 全部聞こえてるぞ!」

「貞治さん! 腰、大丈夫ですか?」


 貞治の声が聞こえてきたので襖を開けると、ベッドの上から起き上がろうとしている貞治と目が合った。そんな貞治を見て狐たちが呆れたように頭の中で呟く。


『あーあー、派手にやってんなぁ』

『全くです。相変わらず自分の歳を考えない爺さんですね』


 口は悪いが二人共貞治の事を心配しているようだ。


「こんな格好で悪いな、巫女さん。ところで今日はあのチビ達は一緒じゃないのか?」

「え? あ、えっと後から行くって言ってましたよ。お菓子食べたら行くって。そろそろ来るんじゃないかなー?」

『おい巫女!』

『巫女!?』


 視線を泳がせた私と頭の中で響く狐たちの声とは裏腹に貞治と常子の顔がパッと輝いた。


「あら、そうなの? それじゃあお菓子はもういらないかしらね?」

「あいつらこの間うどん喜んでたろ。揚げがまだ残ってたから作ってやったらどうだ。昼飯にも丁度良いし」

「そうね! そうしましょう。彩葉ちゃんも食べるでしょう?」

「あ、はい! 嬉しいです」

『やった! うどんだってよ! 常子の揚げは美味いんだ!』

『すぐに変身してきます! ちょっと待ってなさい!』

『私は……』


 嬉しそうな狐たちの反応とは逆に頭の中で芹の悲しげな声が聞こえるが、それは仕方がないので無視しておく。


 常子がうどんを作りに行ってる間に狐たちは今しがた来た風を装うために庭に駆けて行き、私は貞治に案内されてトイレとお風呂場、それから玄関の電球を付け替えた。


「悪いな、巫女さん。しかし何だ、切れる時は全部一緒に切れやがる『こんな子がこの村に来てくれるなんてなぁ……』」

「本当ですよね。やっぱり一緒に付け替えるからでしょうね」

「おお、違いねぇな!」


 貞治はおかしそうに笑ってハシゴを支えていた手を放すと、腰を抑えながらヨチヨチと歩いていく。


 私がハシゴを裏口に戻していると、縁側の方から狐たちの元気な声が聞こえてきた。


「おーい! 爺さん、婆さん、来たぞー!」

「来てやりましたよ! ウチ達が!」

「先輩たちはまた……」

『あいつらからしたら貞治も常子も子どもみたいなものだ。許してやってくれ』

「そりゃそうなんですけど」


 あまりにも失礼な狐たちに私が急いで縁側の方に向かうと、貞治が二人を見て嬉しそうに頭を撫でてやっている。


「相変わらずお前らは口が悪ぃな! ほれ、チョコレート菓子やるよ。でも食うのは飯食ってからだぞ」

「おう!」

「どうも!」


 チョコレートを貰った二人は嬉しそうにお揃いのポシェットに仕舞ってズカズカと家に上がり込み料理をする常子の所へ行くと、いつも私が料理をする時のように後ろから注文をつけている。


「ご、ごめんなさい……もう本当にごめんなさい」

「ははは! 構うもんか。あいつも俺もあんたらに会うのが楽しみなんだよ。孫もあの歳の頃はあんなもんだったぞ! 『そりゃ本当の孫にも会いてぇけどなぁ……長い休みにちょっと帰ってくるぐらいだし、毎年慣れる頃には帰っちまう。娘が嫁ぐってのは寂しいもんなんだなぁ』」

「そうですか? それなら良いんですけど……そう言えばお二人のお孫さんっていくつなんですか?」

「今年で8歳になったんだ。あいつらに負けず劣らず生意気だぞ」


 狐たちを見て目を細める貞治にキッチンから常子が嬉しそうに話しかけてくる。


「テレビの横に写真があるでしょう? それね、今年の夏休みに撮ったものなのよ!」

「へえ!」


 感嘆の声を上げて写真を覗き込むと、そこには1人の男の子が恥ずかしそうに常子と貞治の間でサッカーボールを抱えてVサインをしている。


「可愛いですね! サッカーが好きなのかな?」

「みたいだぜ。隣町に皆で買い物行った時にせがまれてな。両親には駄目って言われたんだけどついな『仕方ねぇだろう。可愛くて仕方ねぇんだから』」

『ふむ。この二人の願いは一貫してもっと孫に会いたい、だな』


 芹の言葉に私は頷くと、ふと思った。


「お二人はテレビ電話とかしないんですか?」

「ああ、あれか……するにはするんだが、この小さい画面ではなぁ『便利で良いんだが、小さすぎてついつい億劫になってしまう』」

「なんだそんな事! スマホをテレビに繋いだら大きな画面でお話出来ますよ?」


 私の言葉に貞治の顔がパッと輝いた。

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