それを聞いた沙織は一瞬目を丸くしたかと思うと、はぁ、と大きなため息を落とす。
「他に何か言ってた? 『肝心の約束思い出さなきゃ意味ないのよ。赤ちゃんのケーキ、楽しみにしてたのに』」
「新作メニューに0歳バースデーケーキとか、どうですか?」
にっこり笑って沙織に言うと、それを聞いて沙織は言葉を詰まらせる。
「聞いちゃいました! おめでとうございます。芹様もきっと氏子が増えるって喜んでますよ!」
「あー……ありがとう。もうほんと……彩葉ちゃんごめんね。こんなしょうもない事頼んで『思い出したんだ……自分で言いに来なよね! ほんとしょうがないんだから!』」
どこか嬉しそうな沙織の心の声に私はホッとした。もし私が手を出した事で逆に溝を深めてしまったらどうしようかと内心ビクビクしていたのだ。
「戻りましょ! 二人が仲直りして初めて依頼完了です!」
沙織の手を取って歩き出すと、沙織はゆっくりついてくる。最初は私に引っ張られる形でついてきていたのに、気がつけばいつの間にか私が沙織に引っ張られていた。
店に到着すると店の前で健児がソワソワした様子でこちらを伺っていて、沙織の姿を見つけるなりギョッとしたような顔をしている。
「ちょ、巫女ちゃん裏切ったな!? 『つれてきちゃってんじゃん!』」
「そりゃそうです! それに大事なバースデーケーキです。パパとママが一緒に考えたこの世に一つしかないケーキが良いに決まってます!」
『考えたな、巫女……』
「そうよ! なによ、もしかして1人で考えるつもりだったの?」
「ち、違う! サプライズにしようと思ったんだよ! はっ!」
思わず本音を言ってしまった健児に私と沙織は顔を見合わせて笑った。
「馬鹿ね。彩葉ちゃんの言う通り、私はこの子のパパと考えたいの。店がキツイのも分かってたし、これからの事考えてあなたがすっかり忘れてた事も分かってたけど、それでも……悲しかった。でも私も言い過ぎた。ごめん『大好きだから忘れて欲しくなかったの。でも、こういう所がこの人らしいのよね』」
「お、俺も……将来の事ばっか考えて今の事全く考えてなかった……。お前らに苦労とかさせたくないし、もっと繁盛しないとって色々考えてたらすっかり大事な事忘れてて……ごめんな『いっつも夢中になる俺を沙織はずっとこうやって窘めてくれるんだよ。こんな奴、沙織しか居ないのに』」
沙織から手を離すと、二人はまるで磁石みたいに吸い寄せられて店の前でしっかりと抱き合う。その光景が何だか映画のワンシーンのようでときめいてしまった。
「冷えてんじゃん。中入れよ」
「うん。ていうか、どうしてあなたまでこんなキンキンなの?」
「う、うるせぇな! 巫女ちゃんも早く入んな! ホットケーキ焼き直す」
「はい!」
『でかしたぞ、巫女。無事に縁が深まったようだ』
満足気に言う芹の言葉に私は微笑んで頷いて店内に入ると、ホットケーキを焼き直してもらっている間、三人でバースデーケーキを考えた。
店を出てまだ温かいホットケーキを抱えながら歩こうとすると、気がつけば芹が隣に居てまた私の手を取る。
思わず芹を見上げると、芹は無表情でこちらをチラリと見て言う。
「カイロが冷めてしまった」
「……しょうがないですね」
確かに芹の手は氷のように冷たい。その手を握りしめて私達は神社へと戻った。
あの日から芹はお悩み解決に毎度ついてくるようになった。何か思う所があったのか、いつも私の髪を彩る白い花に姿を変えて。
「今日の依頼はなんだ?」
テンコが私を見上げて尋ねてきた。そんなテンコに今日の依頼を告げると、横からビャッコがひょっこりと顔を出す。
「電球の付け替え!? こんな物は他の人間に頼めば良いでしょう!?」
「まぁまぁ、ビャッコ先輩。常子さんは背が低いし貞治さんも腰を痛めてるそうなんですよ」
『巫女はいつの間にかこの村の年寄り連中の孫のような扱いになっているな』
「嬉しいですけどね。家族が居なくなった私からしたら、一気に家族が増えたみたいで」
『そうか。巫女が良いならそれで良い』
「はい!」
最近では直接私に依頼したいと言ってくれる人が増えてきた。もちろん依頼料も。そのおかげで少しずつ私の貯金も貯まり、スマホ代の心配もしなくて良くなってきたのは嬉しい事だ。
「貯金も大分出来るようになってきたし、一石二鳥です!」
『……そうか』
何故か寂しそうな芹の言葉に首を傾げつつ常子の家に到着すると、常子は既に家の前で待ってくれていた。