困ったように笑う健児を見て私は言った。
「でも奥さんのご実家すぐそこの通りですよね? 早く迎えに行かないと!」
あえて明るい感じで言うと、耳元で芹の声が聞こえてきた。
『嫁の方はこの男が何かの約束を破ったと思ってるようだ』
芹の声を聞いて健児を見上げると、健児は苦い顔をして私の言葉は無視する。
「それにしても巫女ちゃん、1人でパンケーキ4つも食べるのか? 流石女子高生だな」
「ち、違います! お土産です!」
「ああ、あのちびっこにか! あいつら今日も買い物の時に色々貰ってたよ。可愛いよな。今は完全にこっちに越してきたのか? 親戚のとこの子なんだろ?」
健児の言葉に今度は私が引きつって頷いた。
「いや~私の身内は皆、変わってるのかな~……なんて」
実際にはまともな親戚も居るには居るらしいが、両親とは疎遠だった。両親と懇意にしていた親戚は叔父達のような人たちばかりだ。
私の言葉に健児は気まずそうに視線を逸らした。これ以上聞くのは止めようと思ったのだろう。そもそも女子高生が1人で神社を切り盛りしているのだ。その時点で色々と察するものがあるのだろう。
「私の話は置いといて! 奥さんと喧嘩?」
「あー、まぁ、うん。何か昨日の夕方、めちゃくちゃ怒って家出てったんだよ。『こっちは新作考えるのに必死だっていうのに!』」
「そっか……何でだろうね」
「女心は分からんわ。そうだ! 巫女ちゃんなら解決出来るんじゃね?『早く帰って来てほしいんだよ。新しいメニューはいっつも二人で考えてたから、調子でねぇし』」
どうやら健児は本当にメニューに行き詰まっているようだ。
「そりゃ何とかしたいけど、何が原因なのかも分かんないんじゃ解決のしようもないよ! 何か心当たりとかないの?」
まるで友達のような気安さがこの健児の良い所だ。若いのもあるのだろうが、気がつけばこの村にすっかり溶け込んでいたと米子は言っていた。
私もこのカフェが好きだ。だから何としても力になりたい。
何か心当たりはないかと尋ねた私に健児が首をひねる。
「それは俺も色々考えたんだけど記念日でも無いしなぁ……『むしろ妊娠が分かって前日まで喜んでたぐらいなんだけど……』」
「!」
『ほう、また氏子が増えるのか。それは僥倖』
「他に何かあったかなってずっと考えてんだけど、何にも思いつかないんだよ」
「絶対に何か見落としてるんだよ。何か奥さんと約束したとか、靴下脱ぎっぱなしで怒られてるとか!」
思い出して! 心の中で願いながら約束という単語を出してみたが、健児は首を捻っている。
駄目だ、こりゃ。これはもう奥さんの方に話を聞いた方が早いかもしれない。
呆れた私は立ち上がって眉を釣り上げて言う。
「もう! メニューばっか考えてて大事な事忘れてるんでしょ!?」
その言葉に芹が何故か息を呑む。
『み、巫女、お前そんな直接的に――』
けれど健児は私の言葉にハッとした様子でこちらを凝視している。
「!」
「え、どうかしたの?」
「いや、今の嫁にそっくりだったなって思って……あと、思い出したかもしんない」
「え!?」
それを聞いて思わず座り直した私の目の前に4つのパンケーキが置かれた。
「巫女ちゃん、改めて依頼するわ。俺さ、来年パパになるんだけど、子ども出来たら嫁とお祝いの写真撮ろうって約束してたんだよ。その時に最高のケーキを焼いて赤ちゃんの0歳のパーティーしよって」
「ど、どうしてそんな大事な事忘れるのよ~!」
「全くだよ……『しかも俺から言い出したんじゃん。最悪だ』」
「で、私は何したら良いの?」
「サプライズにしたいから、嫁にそれとなくどんなケーキが良いか聞いてくれないかな? せめてそんぐらいはしないと、俺本気で旦那としても父親としても失格だよ」
そう言ってしょんぼりと肩を落とした健児を見て私は親指を立てた。
「任せといて! ちょっと行ってくるよ! これ使ってもいい?」
私がカウンターに置かれたお土産用のパンケーキを掴むと、健児はキョトンとしている。
「良いけど、何すんの?」
「内緒!」
こういう依頼は大好きだ。私はお土産を持って店を出ると一直線に通りを走る。
『巫女、何をするんだ?』
「サプライズも良いけど、赤ちゃんのパーティーなら絶対に一緒に考えた方が良いと思うんです。だからあの二人にはちゃんと仲直りしてもらおうって思って」
健児の奥さん、沙織とは商店街で良く会う。そしてその度に都会で流行ってるスイーツって何? と聞かれるのだ。
沙織の実家までやってきてインターホンを押すと、健児を待っていたのかすぐに沙織が出てきた。
「あれ? 彩葉ちゃん! どしたの、こんな時間に」
「これ、お土産です!」
「お土産? 私に?」
沙織はそれを受け取って中身を確認すると、戸惑ったような顔をして私を見る。
「依頼受けました! 奥さんと仲直りしたいって」