私はそんなビャッコの言葉に思わず笑ってしまう。
「それは私もかもしれません。誰かと食べる食事がこんなにも美味しいって、ここに来るまで知りませんでした」
笑顔を浮かべた私を見て狐たちは苦笑いを浮かべるが、芹だけは深く頷いている。
「では今後も食事は揃って食べる事にしよう。それから巫女」
「はい?」
「明日からは私がバス停まで迎えに行く」
「へ?」
「はあ!?」
私よりも驚いているのは狐たちだ。持っていた箸を落として芹を凝視している。
「なに、姿は消すから心配するな。都会は夜でもネオンやらで明るいだろうが、こちらに戻るともう真っ暗だろう? やはり夜道を娘1人で歩かせる訳にはいかない」
「いや、本当にだいじょう――」
「駄目だ。ほら、早く食べろ。冷めるぞ。こちらに到着する時間を毎日スマホに送れ。いいな?」
「は、はい」
芹に言われて助けを求めるように狐たちを見たが、狐たちはまだ固まったままだ。どうやら明日から毎日芹が駅まで迎えに来るという地獄が始まるらしい。
夕食を食べ終えた私は部屋でコタツに入って大の字で転がっていた。
「はぁ……びっくりしすぎて結局時宮さんの事聞きそびれちゃったよ」
芹のお迎え事件でうっかり聞きそびれたが、結局もう1人の巫女はここへ何をしに来たのだろうか? あの白い車に怒鳴っていたテンコのセリフから想像するに、この神社の権利を取り戻しに来たとか?
そんな事を考えているとウトウトしてしまっていたようで、気がつけばすぐ側からこんな声が聞こえてきた。
「しー! 疲れてんだよ、起こすなよ?」
「ウチはそんな事しません! テンコこそ大きな声で話しすぎです」
「ふむ。学校というのは相当疲れるのだな」
「それにしても芹様、本気ですか? 明日からバス停まで迎えに行くだなんて」
「本気だが?」
「ウチ達が行きますよ! 芹様はここでお待ち下さい」
「何故? さてはお前達、帰りに巫女に集ろうとしているのか? 駄目だぞ。巫女は今金策をしている最中なのだから」
それは分かっていてもあまり言わないで欲しいし、一体何故皆してここに居るのだ。起きたくても起きるタイミングを完全に失くしてしまった私が狸寝入りをしていると、ふと芹が気になる事を言い出した。
「そう言えば時宮はどうしてこの神社の事を今更思い出したのだ? 何か言っていたか?」
「それが、ある親切な夫婦がこの神社の事を調べて正統な跡継ぎは時宮だと教えてくれたと言っていました」
「ある夫婦?」
「はい。その時に金の無心をしていったらしくて……」
それを聞いて私はピンと来た。間違いなくあの二人だ。そしてどうやら芹もそれに気付いたらしい。
「金の無心? あの二人か」
「恐らく」
「それで?」
「それで、その二人に権利書の本当の持ち主はあなた達だからすぐさま取り返すべきだと言われたって言うから、こいつが固定資産税も払った正統な跡継ぎだって言ったら、それぐらいすぐに払うわよ。これで良い? って札束取り出して……カッとなってしまいました」
「なるほど。しかしお前たち札束ぐらいでどうしてあんなに怒っていたんだ?」
「だって、金を稼ぐのってそんな簡単じゃないんだって巫女見て知ったって言うか……」
「そうです。泣いたり怒ったりしながら皆の願いを叶えて、やっと得た報酬を巫女は大事に使うので……お金って大事なんだなと……」
私は二人の話を聞いて泣きそうになってしまった。まさかこの二人がこんな事を考えていたなんて! そしてそこまで分かっていながら毎度毎度買い物に行く度にお菓子をねだってくるなんて!
そんな二人にしばらく黙っていた芹が口を開いた。
「時宮と小鳥遊では金の価値も違うのだろう。それは昔からだ。どちらが正しい生き方なのかは私には分からないが、人の心に寄り添うのはいつも小鳥遊だった」
「芹様……」
芹の心の中には今も当時の小鳥遊という巫女が住んでいて、その人のおかげで私は芹に庇護してもらっているのだと言う事は以前から知っていたが、もしかしたら芹はその小鳥遊という巫女の事が好きだったのではないだろうか。
他人の気持ちも自分の気持ちにも疎くてその感情が分からなかっただけで、名を与えていつまでも幸せでいられるようにと願うほどだ。ましてやその子孫の世話までしようと言うのだから、芹の愛情は実は本人が思っているよりもずっと深いのかもしれない。